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吐き出された重いため息がゆっくりと空気中に溶けていく。
この街だけで、どれほどのエネルギーを使用しているのだろう。夜の足音が微かに聴こえだすと同時に、街は強烈な光を放ちだす。光に照らされた巨大な噴水はダイナミックに水を噴きあげ、大きな音を立てて存在をアピールする。
まるでここは別世界だと言わんばかりの作られたラスベガスの風景に、私は違和感を覚えずにはいられない。
こんな場所で学会だなんてばかばかしい。そんな風に思うのは、成果の出ない研究を何年も続けているからだろうか。
学会がある度に向けられる、嘲りを含んだ周りの研究者達の視線に気づいていないわけじゃない。
当然かもしれない。最初に発表した時は、どの研究者も憧れと期待に満ちた目で私の発表を聞いていた。しかし辿りつけると思うと、逃げ水のようにまた離れていってしまうその答えに、十年経った今も未だ辿りつけずにいるのだから。
煌びやかすぎる街に責め立てられているように感じて、私は足早にホテルへと急いでいた。……はずなのに、いきなりスプリングコートの裾をぐいっと後ろに引かれ、体のバランスを崩しそうになる。
なんとか耐え凌ぎ振り向くと、そこには誰もいなかった。確かに何かに引っ張られたように感じたのに。
「こら。ラゴラ、いたずらしちゃだめでしょ」
まだあどけなさの残る少女の声がして前を向いた。肩口につきそうな長さの黒髪の少女が、私の足元に向かって叱るように話しかけていた。
いくつなんだろうか。顔つきは多少大人びているようにも思えるけれど、体は細く、明らかに女性のそれとは異なる。
話しかけようとすると足元に何かが触れる感触があった。まるで猫が体を摺り寄せるような。
しかし足元にいたのは、猫などではなかった。ラゴラと呼ばれたそれは、奇形などという説明では到底片付けられない生き物だった。
地上に上がったクリオネとでも言えばいいのか、スケルトンのラゴラの頭部には青々とした葉状の触覚がゆらゆら揺れている。それだけならまだしも、ラゴラはにこにこと目を細め笑い、よちよちと二本足で歩いているのだから、目を疑う光景だ。
考えるよりも少女と反対側に足が動き出していた。関わってはいけないと私の第六感が告げているのかもしれない。
逃げようとした私を留めようとするように、少女がぐうと大きな音を立てて腹を鳴らした。
恥ずかしそうにお腹に手を当てる少女の足の裏は真っ黒で、ところどころに血が滲んでさえいる。
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