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 カジノの独立事象のゲームには、数学的な必勝法はないと言われている。でも、もし私の仮説が正しく、仮説通り実行できるのなら、勝ち続ける事も可能になるはずだ。しかし、未だその仮説を証明する糸口すら掴めていないのが現状なのだから、やはり私は少女の微笑みに惑わされているのだろう。  馬鹿げた考えを頭から追い出すように、私はポケットに入れてあったマネークリップから50ドル札を引き抜いた。  これだけあれば食事くらいは出来るだろう。もちろん帰る場所があればの話ではあるが。  少女を助けたいという気持ちはある。けれども、面倒に巻き込まれて研究を手放すような事はしたくないと思うのも本音だ。私に残されたものは研究しかないのだから。  それでも、少しでも少女を救えないという罪悪感を消したくて、金を私て済ませようとしている自分がなんとも情けなく思える。でも他に良い方法を思い付かない私は50ドル札を小さく折りたたみ、少女の細く汚れた手に握らせた。  すると少女は金額の確認もせずに私の手を取り、カジノへと歩き出そうとする。 「いや、いいんだ。その50ドルはもう君にあげたんだよ。だから、家に帰りなさい」  少女はきょとんとしながら首を傾げる。それから手の中の50ドル札を眺めると、何か考えるようにじっと私を見つめた。……ように見えたが、その瞳は私ではなくもっと遠い場所を見るように揺ら揺らと彷徨い焦点が合わなくなってしまう。 「君、大丈夫かい?」  問いかけても何もリアクションのない少女を不思議に思いながらも、これ以上関わるのも躊躇われ、薄情にも立ち去ろうかと思った時、少女は何か呟き始めた。  私の足は地面に杭でも打たれたかのように動かなくなってしまった。私の頭の中にしか存在しないはずのモノを、なぜこの少女は知っているのか。  少女が遠くを見ながら唱え続けているのは、ミンコフスキー空間の考え方を発展させた私が提唱する理論式だ。間違いなく、この少女はネオ幾何学を理解しているのだ。
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