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エーファ・ヘルツシュプルングは後悔していた。
なぜ自分はこんな所に来てしまったのだろうか、と。
埃っぽくカビ臭い部屋、歩くたびに軋む老朽化した床板、腐り果て緑色に変色しかけている穴だらけの雨戸。
その隙間だらけの雨戸からは時たま、生温かく湿った風が首筋を撫でるように流れ、その度にエーファは肩を強張らせて肝を冷やしていた。
現在、彼女は東の皇国の大貴族【宿禰銀瑤】の別邸付近にある廃屋へと肝試しに来ている。
本来は浴衣を着て七夕祭りを行うことがメインイベントであったのだが、どういうわけか肝試し大会が催されたのであった。
アミダくじによって花の名前を冠する【桜】【竜胆】【桔梗】【椿】という四つのグループにそれぞれ五~六名ずつが分かれ、一目で廃屋だとわかる不気味な屋敷の中に隠された箱を取ってくるという至極単純な企画であったーーのだが、予期せぬハプニングが立て続けに発生し、納涼肝試し大会は渾沌(カオス)に包まれていた。
「はぁ……ほんま、ゲロゲロ最悪」
早く帰ってお風呂に入りたい。
エーファは埃まみれになった水色に紫陽花柄の浴衣を裾ではたきながら、湿気と冷や汗でべとべとになってしまった黄緑色の髪と身体を不快に思いながらも集団の後ろをついていく。
エーファの所属するチームは【椿】
ライアロウ三名とセリアン三名、男女比も3:3とアミダクジで決めたとは思えないほどの奇跡的なバランスであり、そして全員が”絶世の”と付することに何の疑問も挟まないほどの美男美女であった。
そうなると当然、若い男女が繰り広げる一夏の淡いロマンスを期待したりするのだがーーそんなものは幻想でしかないと跳ね除けられてしまうほどに何もなかった。
「どうしたんですかエーファさん? 元気がないようですー」
エーファの呟きが聞こえたのか、前を悠々と歩いていた藤川ちるが笑顔で話しかけてきた。
エーファよりも頭一つ背の高い鳥類型セリアンの女性。切れ長の瞳は常に笑顔で弧を描いたまま開かれることはなく、肝試しが始まってからエーファは彼女の表情が笑顔以外になったのを見た記憶がなかった。
「えっ? いや、ちょっと暑うてバテてたんやわ。湿度高いんはええんやけど、空気が悪いというかなんというか……」
あはは、と笑いながら手が隠れるほどに長い特注の浴衣の袖をパタパタと振って扇ぐエーファ。
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