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ただ一つエーファにとって気がかりなのは、イーグルが意図的にチュニカに抱きついたり手を握ったりしているのではないかという疑念だ。
まさか彼はカタカナのロから始まる四文字の性癖を有しているのではないかという思いが、どうしても離れずにいた。
その考えが頭の中でチラつくと、今の微笑ましい光景が危険なもののように思えて肝試しとは違った意味で冷や汗が滲みそうになるエーファ。
ーーきっと、チュニカちゃんの絨毯爆撃並みの破壊力ある可愛さのせいやな。ウチみたいな体質でもふと抱きしめたくなるくらいやし。と、これまた無理やり心の中で言い聞かせるようにして、そっと目を逸らしたのであった。
「顔色悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「ーーヒィッ!」
逸らした視線の先に男の顔があった。それも、かなり顔と顔の距離が近い。
足早に小股で背中を壁にぶつけるほど退避するエーファ。一瞬、幽霊かとも思ったが見覚えのある顔がそこにはあった。
アルヘッカ。彼に姓はない。と、いうよりも彼は記憶喪失らしく自分の名前を覚えていないのだが、エーファはそのことを知らない。
ただアルヘッカと名乗られ、そのまま特に疑問も抱かず椿メンバーの一人だという認識でいた。
赤みがかった茶髪に端麗な顔立ち、イーグルの色気ある甘さと妖しさとは対照的に朗らかで老成されたような柔和さがうかがえる。
「このような場所と状況ですから、体調が優れないのであればここで少し休憩しましょうか?」
「あはは……大丈夫です。ウチは平気なんで、気にせんと先に進んでええですよ」
だが言葉とは裏腹にエーファの顔は青くなっていた。
「本当に大丈夫ですか? どう見ても私には気分が優れないように見えますが……」
「ち、近い近い! ゲロゲロ近い!」
話す距離が近いということがエーファにとっては幽霊や妖怪、廃邸に設置された罠や仕掛け以上に問題であった。
人には誰しもパーソナルスペースという踏み込まれると不快に感じる物理的な距離感が存在する。親密具合でその距離は変わるが、エーファのパーソナルスペースによる警戒心は病的なレベルであった。
彼女の手が届く範囲、相手が彼女に触れられる距離への侵入をエーファは老若男女問わず嫌う性質があるのだ。それは過去のトラウマが原因であるため、エーファ自身もそのことで悩まされていた。
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