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ノンレムワームは記憶を食う虫だ。
この虫は、概念としての存在でしかないが、人間社会を破壊しうる力を持っている。
記憶を食うと言うが、消化しているわけではない。正確には記憶を思い出すためのトリガーとなる情報を破壊する。
人々は、段々と物事を思い出せなくなってしまい、遠からず世界は崩壊するだろう。
それを防ぐために戦っているのが、メモリーケインと呼ばれる人々。彼らは特殊な催眠装置で、人の記憶に巣くったノンレムワームの概念を削除していた。
だが、彼らの仕事は危険だった。
ノンレムワームの感染者に接触するのだ。遅かれ早かれ、メモリーケインの隊員もノンレムワームに感染してしまう。
感染した者には催眠装置を使えばいい。だが、一つ問題があった。催眠装置で治療された人間は、二度とノンレムワームに感染しなくなる代わりに、二度と他人に催眠装置を使えなくなるのだ。
そういうわけで、メモリーケインの隊員は日を追うごとに減少していく。たまに補充が入るが、それもいつかいなくなる。
そして今、メモリーケインに残った隊員は二人だけだった。
三年前の設立当初からいる隊員、海馬。同じく初期からいる科学者、フネス。
フネスは催眠装置の開発者でもある。
二人は今、メモリーケインの待機室で何をするでもなくぼんやりしていた。
海馬が二人分のコーヒーを入れて一つをフネスの前に置く。角砂糖を二つ。
「ありがとう」
「ええ」
フネスはコーヒーをすすった。
「最近は、暇だな。ノンレムワームの報告が来なくなった」
最後の出動から一ヶ月ほど、報告はない。
「そうね。きっと、消すべき分のワームは全部、消したのでしょうよ」
フネスは言う、投げやりに。
「どうした? どっか具合でも悪いのか?」
「いいえ。いつもと同じよ。何もかもね」
ゆっくりとコーヒーを飲み干す。
「海馬。あなたに言わなければいけない事があるわ」
「なんだよ、プロポーズか?」
「残念ながらその機会は永遠に来そうにないわ。これを見て」
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