絶壁

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落ちたのは体重だけではない。 髪、だ。 寝起きの枕にべったりと張り付く、無数の髪の毛。 白と黒の入り混じったそれを、毎日毎日ごみ箱に捨てながら、夫は哀しい目をしていた。 『もうさ、いっそのこと全部剃っちゃうか!』 明るく振舞う夫のために、電気屋さんでバリカンを買った時。 ちょっと癖のある髪が、広げた新聞紙にぱらぱらと落ちていくのを見た時。 どうしようもなく胸が痛んで、涙が溢れそうになった。 手鏡の中のスキンヘッドになった自分を、いろいろな角度から眺めた夫は。 『……やっぱさ、俺、絶壁気味だからハゲは似合わねぇな。 でも貴重な体験だよな。 丸坊主なんて、俺の一生に一度だ。 記念写真、撮っとくか?』 そう明るく笑って。 私もつられて笑って。
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