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 慎也は会ったこともないはずの中野取締役の奥さんと娘のさやかさんがどの人なのかすぐに分かった。  病院のベッドで目覚めて以来、日を増すごとに龍神さまとの旅は夢だったのではないか、きっと夢だったに違いないと思う回数が増していたが、やはり慎也にとって現実だったと突きつけられている気分だ。  中野取締役の家族を知っているはずがないのに、分かるのだから。  慎也は迷わずに近づいた。  驚かしてはいけない。  頭がおかしいと思われるかもしれない。  だけど、言わずにはいられない。  生きて戻れたなら伝えると誓ったのだから。 「お父さんに伝言を頼まれました」  戦士の目をした中野取締役によく似た切れ長の瞳を少女が向けた。  歯を食いしばっている少女に慎也は迷わずに続けた。 「君との約束を守れなくてごめんと」  慎也は深呼吸をひとつして、睨み続ける少女にもう一度繰り返した。 「アメリカのディズニーランドに連れて行きたかった。  奥様との世界一周旅行も本当は自分の方が楽しみにしていたと、僕にそうおっしゃったんです」  慎也は自分が泣いていることに自分の声が震えていることで気付いた。  いつも冷めているこの自分が泣くなんて。  奥様がわぁっと泣き出して、つられるように少女が声をあげた。 「そんな約束守らなくてもいい。生きてくれていたらそれだけでいいのに」  涙で滲む少女の横に微笑む中野取締役の姿が佇んでいた。  その姿はパリッとしたスーツ姿で、これまで見た中野取締役のどの姿よりも誇らしげに思えた。  さやかは何度も「どうして?」と呟いた。  その言葉は中野取締役に向けられていたのか、それとも彼女自身にだったのか慎也には分からなかった。
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