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事は数時間前。
美琴が一泊の出張へ出掛けた昼過ぎのことだった。
散歩がてら出掛けたのは良かったが、財布を忘れてしまった恵は、とりに帰ろうか迷いつつも近所を歩いていると、
大きな籠に手作りラスクを売っている女の子に出会った。
珍しいなぁと見てみれば、目が合い、試食をすすめられる。
「ごめんね。今、お金なくて。買わないのに食べる何て、出来ないよ。」
と、断ったが、それでもいいからと薦められ、一口食べてみた。
かりかりっと心地のいい食間に、砂糖の甘い味。ほのかに小麦の風味も残っており、懐かしいラスクの味だった。
「美味しいね。君が作ってるの?」
「両親が作ってます。私はまだまだで。」
ふわふわとした可愛い女の子は、そう言いながら、1つラスクを差し出してきた。
「良かったら、お1つどうぞ。」
「あ、いや、悪いよ、そんな。」
「また、ここにいますから、今度買いに来てくれませんか?その賄賂です。」
思わず笑いがこぼれた。
「面白いね!分かった、次は買いにくるよ。」
新しい営業の仕方で、何より彼女がとても楽しそうだったので、好感がわいた。
恵はラスクを受け取り、手を振って立ち去った後、がしゃーん!!と大きな物音が背後から聞こえた。
自転車が倒れた音にも聞こえ、慌てて戻れば、何やら男に大声で怒鳴られていた。
自転車は倒され、ラスクは地面に散らばっている。
「何やってんだよ!」
彼女の肩を掴んでいた男をはぎとり、間に割り込んだ。
酷く興奮しているのか、男の目は血走っていた。
「関係ないだろうが!どけ!」
「関係なくても、こんなの見過ごせないだろ!」
「こいつが悪いんだ!他のやつに色目つかいやがって!」
「え?彼氏??」
振り返って聞けば、彼女は泣きそうな顔で首を横に降り、
「しつこく電話番号とか聞いてこられて。ストーカーです。」
一瞬、美琴に言い寄っていた昔の男を思い出した。
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