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「ねえ」
その声が聞こえたのは、目を閉じて暫く経ってから。
悪戯っ子のような、けれどあまりに優しいそれは空耳だと思う程だった。
「起きてるでしょう?」
目を開けて飛び込むのはマントを身に付けた見知らぬ男。
悲鳴を上げようと開けた伽耶の口を素早く塞ぎ、男は自分の唇の前に人差し指を立てた。
唇は形の良い弧の字を描く。
伽耶がこれ以上騒がない事を見越したのだろう、口元を塞いでいた掌は、すっと目の前に差し出される。
目元は仮面で隠れていて見えないけれど、その男が心底楽しそうに笑っている事が見て取れた。
「おいで」
「……あなた、誰?」
「誰でしょう?ほら、急いで」
漫才は未だ外から聞こえてくる。
箱の中の変化に二人は気付いていないようだ。
掌が退いた今、悲鳴を上げる事もできる。でも。
──この手を取れば、逃げ出せるんじゃないか。
緊張と打算を織り交ぜて男の手に右手を乗せれば、男はまた楽しそうに笑った。
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