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「どうかしましたか?」
「大丈夫。僕の気のせいだったみたいだよ」
「そうですか」
日辻は前を向いて歩き出す。雲野は、変わらず足を動かさない。視線を変えない。先ほどと同じところを凝視する。光の先を、眺めていく。暫くすると、嬉しそうにほくそ笑んだかと思えば、最初と同じように爽やかそうに笑顔を浮かべたかと思えば、踵を返して日辻を追いかける。二人は、舞台裏の奥の奥。更なる闇の奥底へと歩いて行く。姿が次第に影へ、闇へと隠れていく。全てが黒に包まれる。
「ところで、今日誕生する欠陥品の名前って――」
雲野のその質問も、闇へと溶け込む。
◆
日辻八樹は、マッドサイエンティストである。
誰が言ったか分からない。出所なんて不明である。正直言えば、都市伝説みたいなものだ。なんせ、日辻が手を出している分野が、『遺伝子改良』技術だ。遺伝子を改良し、別の動物等の能力を人間にも引き出す。その内容から、非人道的な手段や、人体実験をしていると、ネットやマスコミでは噂になっている。
だが、それはあくまで噂だ。本気でそれが真実であると思っている人は、正しくは、その真実を自分の力で暴いてやろうなんて人間は――いた。
先ほどの日辻と雲野の会話を盗み聞ぎしている女が、ここにいた。
「うわわー、ちょーやべー。ちょーやべーとこ見たんじゃね私? やっぱ怪しいってねー。私の記者センサーがビンビンに働いてるのも納得だべ」
茶髪で少しだけチャラっぽそうな女性。メガネをかけた渋谷系な二十代前半の女。名前、奥田圭。あだ名、ブルーレット。職業、フリー記者。短所、運がわるいところ。好きな事、メガネと帽子を集める事。
先ほどの記者会見を日辻が終えた後、奥田はひっそりと後をつけていた。それもこれも、全ては日辻のマッドサイエンティスト疑惑を暴くためである。実際、先ほどの会話はなんだか怪しい。遠目で、遠い所からだったので、誰と会話していたのか、全ての会話を拾えたのかと聞かれると、ノーだ。それでも、少なくとも日辻は誰かと話していたし、『欠陥品』、『処分』と物騒な単語が聞けたことは事実だ。
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