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カタカタと、キーボードを叩く音が鳴り響く。
「おーい、大神。聞こえてるか?」
遠い所から声がする。気にも留めず、キーボードを叩き続ける。目には映るは、パソコンの画面。青白い光が、網膜を反射する。食い入るように画面を見つめ、依然カタカタとタイピングをする。集中。目の前の仕事にだけただ集中。
ポンと、後ろから優しく叩かれ、その集中がとける。振り向けば、自分の上司にあたる男、亀屋が、優しく微笑みかけていた。本名、亀屋太郎。強面顔で恐れられている上司だが、人一倍他人の事を考え、指示できる部下から強い信頼されている男だ。
「よっ、大神。随分今日は頑張ってんのな」
「あ、すいません気付かなくて。仕事の追加ッスか?」
頭をポリポリとかきながら、申し訳なさそうに頭をさげる彼は、亀屋から大神と呼ばれた男は、パソコンの画面から離れ、亀屋の話に意識を向ける。本名、大神玲雄。調度二十代になるだろう好青年。オールバックに髪を逆立てたのが特徴のスポーツマンのような男。
亀屋は、「あー、いーよいーよ」と、仕事を中断させるほどの話じゃないと豪快に笑った。
亀屋は、時計を親指で指さす。時間は午後の五時を迎えようとしている。大神が勤める会社の定時は、五時半だ。微妙にまだ時間があるが、自分の残る仕事量から考えても、定時に帰れるかと聞かれると微妙だ。大目に見積もって六時半ぐらいになりそうだ。
参ったな。今日は彼女とデートなのに。
そう悲しげに思いながら時計を眺める。もし仕事の追加であれば、更に残業が伸びてしまう。待ち合わせの時間に遅れてしまうな。どうか仕事の追加じゃありませんように。
「今日お前何時に終わりそうだ? 久々に飲みにいかねーか?」
どうやら違うみたいだ。少しホッとする。
「あー、すいません。今日はちょっと別の用事が……」
「お、なんだ。女か?」
「へへ、そッス。女です」
敢えて濁す必要もないだろう。そう正直に伝えると、亀屋が機嫌よさそうに「おぉ」と返事する。大神と彼女の関係については、亀屋も良く知ってくれている。部下に親しく接し、なおかつ威厳を保ち、そしてしっかりと上司を務める。それが、大神の前に立つ男だ。言ってしまえば、上司との飲みを断るのを勿体ないと思ってしまうほど。それほどまでに、大神と亀屋の関係は深い。
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