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思えばわたしが初めてプリンを作ったのは、小学6年生の時だった。
お父さんの誕生日に、お母さんに教えてもらいながら作ったのを覚えている。
そもそもわたしがお菓子作りに興味を持ったのは、お父さんに買ってもらった玩具がきっかけだったのだから、
それへのお返しの意味もあったように思う。
それは玩具と言ったって、本物の、ちゃんと食べられるドーナツが作れるのだ。
“ちゃんと食べられる”という事実が、当時のわたしをどれほど浮き立てたことだろう。
ままごとで使うプラスチックの食品との絶対的な格の違いに、
それだけでわたしは、急に大人になったように錯覚したものだった。
さて、プリンの味のほうはどうだろうか。
そっとスプーンを入れてみると、吸い込まれるように入っていく銀色に、カラメルソースがトロリと垂れた。
口に運ぶと、滑らかな舌触りがたちまち口の中でとろけ、
優しい甘味がわたしを満たしていく。
うん、これだ。
この味に間違いない。
想像通りのプリンの味に、すっかり満悦してた時、
ひょいと茶の間に現れたのは、お父さんだった。
いつもの縦縞のシャツを無造作に羽織ったお父さんは、
わたしを見下ろし、からかうようにして言った。
「お、いいもん食ってんなぁ美和。
プリンかぁ」
わたしは得意気に答える。
「これ、わたしが自分で作ったんだよ」
「へぇ、美和が作ったの?
なにで?
粘土で?」
お父さんはいつもこうやってちっちゃい子扱いしては、わたしがむくれるのを楽しむのだ。
もっともわたしも、いい加減その手には乗らないんだけど。
「どれ、ちょっと一口食べさせてみ?」
言いながら顔を寄せてきたお父さんに、わたしはスプーンで一口、プリンをすくってやった。
「どう?」
「うん…うん……
おっ、こりゃああんまり甘過ぎなくていいな。
売ってるやつより卵の味が濃厚で上手い!」
お父さんの大きな手が、わたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
髪の毛が乱れるに任せながらも、わたしはしてやったりとほくそ笑む。
やがて口の中のプリンの甘さが、余韻を残して消え失せた頃、
お父さんはいつもの鼻歌を歌いながら、どこかへ行ってしまった。
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