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「おはよう、喬木。お前が遅刻すれすれだなんて、珍しい」
「おはようございます、前野さん。途中で忘れ物に気がついて、引き返してました」
怪訝な表情を浮かべた前野さんは俺をジロジロと眺めていた。咄嗟に嘘をついたことに多少の罪悪感を覚える。真実は語れない。痴漢に間違えられ、誤解され、噂のプリンスに睨まれて足止めを食らっていたとは語れない。
『そっか』と薄っぺらい言い訳が通じたのか、それ以上は尋ねてこなかった。
前野さんは俺より6つ年上で、花形部署の人事課の係長だ。現在は奥さんと子供が2人の家族構成。
最近、念願の新築を建てたようで『ローンが大変だよ、車のローンも抱えているのにさ。子供の習い事も出費が重むしね。嫁さん、昼間はパートをしてるよ』と喫煙所でぼやいてた。結婚をし、家族を養っていくのは大変だよなぁ。
現在の俺は経理担当だが、庶務的な仕事、つまり一部の総務の仕事を兼ねている。親会社は1つ1つ独立した部署で別れているが、俺が勤務する子会社は総務課が経理や庶務的な仕事を担う場合がある。
経理課とは名ばかりで、実際は雑用係の総務課に所属しているようなものだ。
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