『電車のプリンス』

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「あ、あの。これは………」  まじまじ名刺を見つめていたものだから気になったのかな。ひょいっと俺の手から名刺を取り上げたのは同僚の『小橋(こばし)』だ。同い年の彼とは、なんとなく気が合う。自然と仲良くなっていた。  自分が「ゲイ」であることは打ち明けていない。知ればきっと距離を置かれるよ。小橋は数少ない、貴重な大切な友人の一人だ。出来れば友情を壊したくない。二年付き合っている彼女がいる彼は、そろそろ身を固める決心をしたそうだ。 「おー、すげぇ!」  なにが? 「いつの間に、この人と知り合いになったの?」 『この人』の部分でチラリと見る。すげぇ!ってなにがだよ、わかんないってば。まさか芸能人? 「前野さん…前野係長が最近、新築を建てじゃん?奥さんの希望で一級建築士の蜷川さんに、家のデザインを依頼したんだって。お前が持っている名刺の澁澤さんの職業はインテリアコーディネーターだろ、気難しい蜷川さんのお気に入りらしいよ。建築業界では有名な話しだ。若いのに勉強家だって、べた褒めらしい。先月発売した建築関係の雑誌に、なかなかインタビューに応じない蜷川さんと一緒に記事が載ってたらしいよ。前野係長が言ってた」  人気のインテリアコーディネーターなのか、彼は。俺はこの先 、家を建てる予定がないし結婚する予定もない。どう考えても彼との接など見当たらない。口を利いたのも(偉そうだった)会うのも今日で最後のはずだ、たぶん。  ……たぶん?!  このもやもやとした不安感。すっきりしない、不安が拭いきれない。なぜだか彼とは再び出逢いそうな予感がする────。 「喬木?」 「その名刺、お前にやるよ。いらないのなら捨ててくれ」 「え、いいの?それより社員バッヂが上着に付いてないじゃん、忘れたの?」 「あ、いや……」、と言葉を濁す。
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