『電車のプリンス』

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 前野さんでも気がつかなった、気がついていたとしても訊かなかっただけなのか。 「昨日着ていた上着に付けっぱなしなんだよ。取るのを忘れた」 「珍しいよな、お前が社員バッヂ忘れたり、今朝は遅刻ギリギリだったし」 「休憩時間、もうすぐ終わりだよ。一服しに行けば?」 「……ほんとだ、10分しかねぇ!」  小橋は手に持っていた名刺を俺のデスクの上に置くとそそくさと喫煙所へ向かう。禁煙推奨が広まっている世の中だが、うちの会社はわざわざ喫煙する小部屋を設けたのだ。  煙草、止めりゃいーじゃん。家、一件建つぜ。とそんな俺も小橋のようなヘビースモーカーではないにしても、憂さ晴らしに煙草を吸う日がある。  経理課なのに総務課所属みたいな扱いを受け、結構ストレスが溜まるのだ。外回りの営業は遠慮したいが上からの命令ならば仕方がない。  小橋が置いていったデスクの上の名刺を上着の内ポケットにしまい込む。とうとう捨てるに捨てれなくなってしまった……。  社員バッヂをなくしましたって言おうか。新しいのを買うか。わざわざ彼のオフィスに趣いてまで会いたくない。  変なイメージが植え付けられているはずだし、俺 もあの人には良い印象がない。悪いが全くない。いくら見目麗しくとも外見だけでは惹かれない。しばらく車両を変えるか、電車の時間を一本早くすればいいだけの話しだ。
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