前兆。

6/26
前へ
/253ページ
次へ
 夕方の6時きっかりに退社が出来たのは稀だ、珍しい。こんな日は早く帰って部屋でぼーとするのが1番だ。  律ママは早く手を切れと勧めてきた。面倒なことに巻き込まれる前に離れろと。俺の身を案じての忠告だ。 「圭ちゃんの話しはなぁに?」 「来年、親友が挙式するお祝いを何にしようかなって悩んでます」 「それはおめでたいわね!あたしも考えてみるわね」  咄嗟的に嘘をついた、誤魔化した。澁澤さんが好きなんです、この想いだけでも聞いて欲しかった。  離れろ、か。そう相簡単には割り切れない。どうすれば……。おろし立てのマフラーを巻き顔の下半分を隠す。ふんわり暖かいはずなのに、心にすきま風が吹く。確かに機嫌が悪くなると目を眇める癖がある。本気で怒ると怖い、震え上がるほどだ。 「彼が育った環境は一般の、普通の家庭じゃない。澁澤さんは関東で1番勢力のある、暴力団組織の三男坊だ。命を狙う輩が出てきてもおかしくない。深く関わらない方がいい、こちらから連絡を絶つのも一つの方法だ」  オネェ言葉を遣わない律ママの忠告は重みがある。連絡を絶つ、それは自然消滅を意味する。俺に出来るのか? 「圭吾、だよね?今帰りなの?」  
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2314人が本棚に入れています
本棚に追加