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「そんなに楽しかったこと?」
涼はやっと笑いを止め語り出した。先週の日曜日、ストリートピアノのバイトをくまの着ぐるみをかぶり、クリスマスソングを弾いていると一人の男性がふらりと近づいて来たそうだ。
「少し変わった男性だった。「俺もくまさんと一緒に弾いてみたい。きらきらぼし弾こうよ」って、隣に座ったんだ」
「涼がサポートしたの?」
「うん、下手だったけど楽しそうにして弾いてたよ」
よほど可笑しかったのか、物静かな涼にしては珍しく声を出して笑っている。つられて柊佑も「ぱぁぱ!」ニコニコ顔だ。子供は凄いよな、大人の気持ちに敏感だ。
「その人ね、髪がぼさぼさで話し方がマイペースなんだ。でも顔やスタイルが良くてびっくりしたよ、勿体ないなぁ、結構格好いいのに。別れ際、答案用紙を落として……。学校の先生だなんて信じられなかったけど」
拾ってあげたんだな。俺、知っているかも。
「無精髭を生やして、ジャージ姿だった?」
「あたり。どうして分かったの?」
「……ちょっとな」
頼む、それ以上は訊かないでくれ。出会したのがハッテン場だったとは話せない。涼は腑に落ちない様子だったが、柊佑が「まんまっ!うー!」と怒りだしたお陰で気が逸れた。「御免、お豆腐も食べようね」しきりに謝っている。甲斐がしく柊佑のお世話をする姿がすっかり板についている。俺が涼を尊敬する、もう一つの理由は……。
心桜さんはまだ見つからないの?」
「うん、なんの手掛かりもなしだよ。お袋が身内の恥だと言って、捜索願いを取り下げようかと話しが出ているんだ」
長い睫毛に暗い翳りが落ちる。涼は無理をして笑っている、当時の出来事を思いださせてしまったかと後悔した。
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