前兆。

12/26
前へ
/253ページ
次へ
「今日はありがとう、ご馳走さま。手ぶらで悪かったな」 「圭吾だったら大歓迎だ、いつでも来てよ。ね、柊佑」 「次は俺がご馳走するよ。涼、柊佑お休み」  別れ際、柊佑の小さな手をそっと握る。少し別れ惜しいが、涼に抱っこされている柊佑の頭を撫でてみた。 「バイバイ柊佑」    柊佑、可愛かったなぁ、血は争えないとうか、羽住家の良い遺伝子をしっかり受け継いでいる。  涼は柊佑がある程度、物事の分別が出来るしっかりした年代に成長した頃に、真実を話すそうだ。俺はさ、お前がどれだけ深い愛情を注ぎ、見守り、時には厳しく育て上げたのかはっきり伝えるよ。柊佑は涼の実子ではない、現在も行方が分からないお姉さんの子供だ。都営住宅に住む両親は生活をしていくだけで精一杯、引き取って育てるのが難しい。施設に入れることを視野に話しあい、その結果、乳飲み子の柊佑を涼が引きとることでまとまったのだ。  それからは見違えるほど明るくなり、立ち直った。柊佑を育て上げなければ。その強い思いが気弱なアイツを奮い立たせたのだろう。  アイツの最初の挫折は大学卒業を控えた二ヶ月前だ。当時の俺は就活中で何社か受けては落ち、やっとこさ内定通知を受け取った直後だった。社会人ではない、まだまだ子供の俺は……。  涼は未だがつく人に酷い恐怖心を抱いている。それも半端ないくらいに深刻だ、一時期は誰とも会いたくないほど追い詰められていた。偶然とはいえ、俺が好きになった人を知ればどう思うのだろう。  離れていくのかな、友情が壊れるのかな。正直には話せないか。  澁澤さん……。体の関係を持つ前だったら……せめて一度きりで止めておけば……。    ……スマホが鳴っている。
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2315人が本棚に入れています
本棚に追加