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「はい、もしもし」
「澁澤です。仕事中?」
「いいえ、友達と会ってました。その帰りです」
最近、こまめに連絡をくれるようになった。でも話題が思いつかない。好きな気持ちに嘘はないが律ママの台詞がどこかで引っかかっている。
「少し話しをしても大丈夫かな?」
「はい」
「俺はこの前話しをしたイベントの仲間と反省会中なんだ」
「お疲れさまです」
「それで……おい、止めろ」
止めろ?澁澤さんの背後で、数人の女性の声が。「相手は彼女さんですか?」「ねぇねぇ、このあとなんですけど……」と、和気あいあい楽しげで間を割って入れそうもないな。澁澤さんのことだ、早い段階でイベントに参加をしている人たちと打ち解けているのだろう。
「切りますね、明日もお仕事頑張って下さい」
「切るな」
「……はい?」
「勘違いをしてるだろ」
「……してません。仕事の邪魔をしたくないので」
「喬木さんがどこにいるのか知らないけれど、俺がいる場所は東京ミッドタウン日比谷が見えるビルなんだ」
そちらへ向かえと?
偶然にも自分はその近辺を歩いていた。こんな我が儘、許されるのだろうか。ゴクリと唾を吞む。白い息を吐き出した。
「あの、俺……」
「会いたいです」。どうしても好きだという気持ちの方が勝ってしまう。律ママの忠告を無視するわけではないが、直接澁澤さんの口から聞くまで知らない振りをしよう。
「分かった、反省会は8時半に終わるよ」との返事が。心に吹くすきま風が暖かな風へと変わる。スマホの電源を切り、コートのポケットにしまった。貴方の言葉一つで振り回されているのは俺の方です。
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