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遅いな、時間はとっくに8時半を過ぎている。悴む手を合わせ、息を吹きかけた。でも、新しいマフラーと会えるんだという気持ちで寒さは平気だった。
ようやく終わったらしく、ガラスの自動ドアが開く。十数人の男女が雑談を交えながら出てくる姿が目に入る。圧倒的に女性の数の方が多い。全員、自分のスタイルや個性にこだわりを持ち、綺麗に、可愛く着飾っていた。このイベントの参加者に選ばれただけのことはある。澁澤さんは何処にいるのだろう、ライトグレーの、チェスターコートを着ているのがそうなのかな。
「お疲れさま、澁澤さん」
「あたしたちご飯行くんですけど、一緒にどうですか?」
「御免ね、約束がある」
「個人的なお誘いには絶対に乗らないですよね」
「……仕事の付き合いなら行くよ」
「つまんない。終わったあとも仕事の話しをするなんて」
あ……。今、目があった。ゆっくり近づいてくる。終わるまで、外で待ち続けていたと知れば呆れ返るのだろうか。
「今晩は。お仕事、お疲れさまです」
返事がない。また何か間違えたのかと脈が速くなる。澁澤さんが眉をひそめる。それは機嫌が悪くなったサインだ。
「良かったんですか?結構可愛い子ばかりでしたね。誘いを断っ……」
「どれ位待ってた?」
「……10分くらいです」
嘘だけど。本当は20分ぐらいだ。歩いていた時間を合わせると
……言えないよ。
「頬と耳が赤い、体が冷たい」
「皆さんが見てます。離した方が」
俺の髪に触れ、耳を触る。そして背中に手を回し引き寄せた。
「風邪引くだろ。今度からはどこかのお店で待っててよ」
「は……い」
暖かい抱擁に溺れてしまいそうだ。巻いているマフラーよりも暖かい。俺、貴方が好きだ。理屈抜きで貴方が好きです。静かに瞼を伏せた。
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