前兆。

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「二階へどうぞ」 「田中くん、いい場所を押さえたわね」 「そうですね、駅から徒歩一分は便利です」  好立地に建つ、居酒屋さんに見える日本料理店はカウンター席が八席、テーブル席が三つ、二階は座敷となっていた。スーツの胸ポケットには「幹事役の心得」を書いたメモ用紙を忍ばせている。ゆったり落ち着いた、明るい店内の雰囲気に酔いしれている暇などない。 「ね、喬木くん」 「え、あ。はい」 「わたしがさっき、何を言ったか覚えてる?」 「……覚えてません」  案内をする数人の仲居さんがクスクス笑う。恥ずかしい、慣れないプレッシャーで汗を掻きまくりだ。 「本日のお料理は、よせ鍋を中心にしました。アルコール類、ジュース、お茶、二時間飲み放題プランとなっております」 「そう、ありがとう。席の確認をしましょう」 「はい」 「ビンゴゲームの景品は届いているわよね」 「はい、隣の部屋に」  さすが片山さんだ。テキパキと動き、仲居さんたちとの会話もスムーズに進む。メモ用紙を取り出し再度読み直した。 ①幹事は開始30分前に到着すること。これはOKだ。 ②店の方と最終確認等を行う、 取り皿、箸などが人数分あるかどうか。 「喬木くん、確認お願いね」 「はい」  本日の参加人数は7人だ。田中さんはインフルエンザで欠席……と。 ③上司の方にどこに座っていただくか。 「そうね、総務部長と柳本課長は上座ね。私たち幹事は下座よ」  出迎えながら出席を取る。何度か頭の中で繰り返す。片山さんの言うとおりにしておけば間違いない。完全に尻に敷かれているな、ひしひしと情けなさを感じる。今年幹事役をしておけば、来年は当たらないと言い聞かせ続けていた。緊張した面持ちで最終チェックを。 「……大丈夫みたいですね」 「駄目よ!みたいじゃなく、大丈夫です、よ!」 「は、はぁ」  いきなりのヒステリーだ。うひぁ、心臓の音がどきりとなる。片山さんは確かに完璧でしっかり者だ、でもな。忘年会がラストに差し掛かる頃に悪い癖が出たのだ。
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