前兆。

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「すみません、ご迷惑をおかけしました」  忘年会の会計はしらふである俺が纏めて支払う。店員さんに謝罪を述べ領収書をきってもらい、店外へ出ると、去年と同じ光景だ。片山さんの旦那さんが総務部長、柳本課長に頭を下げていた。あの気の弱さ、俺と被る……。妙な親近感が湧いた。 「喬木、ご苦労さま。途中まではいい雰囲気だったのにな」 「まぁな。片山さんは?」 「お迎えの車の中だよ。あー!来年の幹事は俺かっ!」  頭を掻き毟る小橋に、そうだよ、来年の幹事はお前だ!と心の中で叫ぶ。その大変さを思い知るがいい。俺はまだラッキーだ。会場を押さえ、下見、店との打ち合わせを田中さんが済ませていたからな、楽な方だ。 「二次会はどうします?」 「そうねぇ。あたし、行ってみたい場所があるの。ね、金田くん」 「うん、俺も井上さんと同じ意見なんだ」  だからその場所は何処なんだ?井上さんと金田さんは顔を見合わせていた。 「…本気ですか?」一瞬、言葉を失った。 「ええ、一度行ってみたかったの」 「俺も。半分、興味本位だけどね」  興味本位、うそ偽りのない発言なのだろう。井上さんは高揚した頬で瞳を輝かせる。 「バラエティー番組で観たときに、一度訪ねてみたいなぁって思ってたの」 「うん、俺も!一人じゃ入る勇気がないしさ。三人で行こうよ」 「……タクシー拾いますか?」 「なんだ、なんだ、お前ら三人で盛り上がっているな。俺も参加するよ」  小橋っ。莉子さんと会う予定なのでは?「今日は遅くなると伝えている」。あははと笑う隣で総務部長と柳本課長までもが「行ったことがないな、付き合うよ。偶にはいいだろ」と変な展開に。  俺、小橋、総務部長、柳本課長、井上さん、金田さんの6人で二次会へ。片山さんだけが帰宅か。 「二台呼びますね」  幹事役の俺がタクシーを呼ぶ羽目に。どうか、知り合いに会いませんように。澁澤さんの耳に入れば約束を破ったと怒りそうだ。機嫌が悪くなるどころでは済まされないだろう。
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