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何度も鳴り響くスマホを持ち、(ここじゃ取れないな。外に出よう)と立ち上がった。
「少し席を外します。金田さんがトイレから戻り次第、お開きにしましょう」
「ああ、分かった。ごめんな、喬木。勝手に電話に出て」
「そうね、そろそろお開きにしましょうか。喬木くん、急いで出た方がいいんじゃない?」
「……失礼します」
賑やかなカウンター席を通り過ぎ、お店のドアを開け、閉まった瞬間、スマホのディスプレイ画面をスワイプした。
「も、もしもし」
「……もしもし」
不機嫌だ。
怒ってる?……どうしよう。心臓がバクバク鳴り響くなか「……怒ってはいない。小橋さんが説明をしてたよ、話しの流れでそうなったと」……そう言うわりには機嫌が悪い。
「あ、あの。ですね」
「ゲイ向けの店じゃないんだろ。なら、いいよ」
なら、いいよって、投げやりな吐き捨て方だ。
「俺がいてるのは、女性客でも入店可能なミックスバーです」
「そんなの、どうでもいいよ。喬木さん、抜け出せないの?」
「そろそろ、お開きにする予定です。澁澤さんは、どこに……」
どこにいるんですか?案外、近くだったりして。分かるのは電話越しの声が低いことだけだ。ああ、心臓の音が煩い。
「あら、圭ちゃん!?そうよね、なーんか、気弱な後ろ姿だなぁって思ったの」
ドキーン!
背中がビクッとなる。
「……りっ……」
「りっ……?」
「いえ、何でもありません」
……律ママだ。電話越しの澁澤さんは訝し気に尋ねる、「他にも誰かいるの?」と。ヤバイよ、ヤバイ。マズいよ。俺がいる場所はミックスバーだが、傍に律ママがいると分かれば、嘘をついていると思うかもしれない。
「なによう、圭ちゃん。よそよそしいわね!」
「え、あの」
「……おい、喬木さん?誰と一緒なんだ?」
疑いはじめている。それにしても絡んでくるよな。普段の律ママはお客さんの電話中は口を閉ざし、静かなのに。
───もしかして、わざと?
「圭ちゃんってば!んもぅ、冷たいわねぇ」
「や、止めて下さい!」
俺の背後から抱きつく律ママは「相手は誰かしら?」と、声色を落とした。
わざとだ、一体なぜ?律ママの意図が分からない。
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