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好き。
あ……れ。
おかしいな、澁澤さんが好き。
この気持ちに嘘偽りはないのに。
「好きと告げる割には辛そうよ?」
恋って。好きって。もっとこう、わくわく、どきどき。きゅんとくるものじゃないのか。そうだ、幸せで、心が満ち足りた気持ちになるような。
「そんな筈はないです。俺は澁澤さんが好きです、誰に、なんと言われようとも」
無理に言い聞かせているような気分だった。冷えた掌で自分の顔を覆う。「俺は澁澤さんが……」「圭ちゃん、分かったわ。少し黙りなさい」と、俺の後頭部に律ママが手を伸ばしそっと引き寄せる。その時1台のタクシーが停まり、ドアが閉まる音がした。
「喬木さん……」
え……?
「一方的に切って悪かった。冷静になって考えてみると、小橋さんと話しをした後で喬木さんが電話に出た時間とそれほど開きはなかったもんな。いい訳ぐらい聞こうかと思ったけど」
顔を覆っていた掌を降ろす。振り返ると黒のコート、図面ケース入れを背中に引っかけた仕事帰りの澁澤さんだった。
「聞くまでもないか。帰るよ、さよなら」
さよなら……?
ズシンと響く。
「し、澁澤さん…!?」
さよなら?
さよなら、ってなに?
お休み、じゃないの?
待って下さい!タクシーに乗り込もうとする澁澤さんに駆け寄るが、スッと片手を上げる。それは拒否のサイン、近寄るなの意味だ。
「圭ちゃん、ほっときなさい。圭ちゃんには包容力のある、大人の男性がピッタリよ。ノーマルの人とは恋愛感覚が違うんだから」
「そうですね、貴方の言う通りだ。ノーマルの俺には理解出来そうもありません。けれど、喬木さんは違うと信じてた。影で、ガキくさい俺を笑ってたんだろ」
「あ……の」
笑ったことなんて1度もない。澁澤さんが見せる優しさがすごく嬉しくて、舞い上がっていた。もしかしたらって、淡い期待を。
タクシーに乗り込んだ澁澤さんの見上げた鋭い眼光に背中がドキリとなる。その筋の人の瞳だ、仄暗く、鈍く光る眼光が全身を震わせた。
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