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先が長い。来年の10月まで会えないのか。でも、と考えを切り替えた。電話をかけてくれただけでも、メリークリスマスの言葉を交わせただけで嬉しい。だって『普通』に話せる日が来るとは夢にも思わなかったんだ。
普通、か。ツキンと胸が傷む。どうやっても友人止まり、特別な存在にはなれない現実を見た気分だった。
「なぁ、毎回思うんだけど」
「……はい」
「いい大人で、俺より年上で、どうしてそう素直、と言うか馬鹿正直なんだ。ドロップキャンディの個数ではなく賞味期限を確認しただろ」
「はい」
やっぱりな、と呆れたような長い息を吐く。胸の内では嬉しい、とサヨナラの科白を聞くのが怖い気持ちが複雑に入り混じる。電話越しでよかったのかもしれない、俺の表情は憂鬱、そのものだったから。
「ま、いいや。しばらく待つよ」
どういう意味なのかさっぱり分からない。けれど澁澤さんの声は明るかった。
「でも、あまり待たせないで。遅すぎると俺が我慢できない」
つまり、俺次第?返事に困る。諦めなくてもいいってこと?ドロップキャンディの個数……。
別の意味で鼓動が速くなる。スマホを持つ手が微かに震える。一度きちんと向きあい、話しがしたい。誤解を解きたい。この想いを伝えたい。
「おやすみ、喬木さん。いい夢を」
「おやすみなさい、澁澤さんもいい夢を」
プツッ……と通話を切る。
お休みと言ってくれた。ただ、その一言だけで心が軽くなる。貴方の言葉は魔法だ。
澁澤さんから頂いたドロップキャンディの蓋を開けてみた。小粒で、ピンク色で可愛いらしい。勿体なくて食べるのが惜しかったが、せっかくのクリスマスだ。今夜は特別だ。シンプキン社からの短いメッセージカードが同封されている。
『シンプキンボタニカルキャンディで幸せなひと時を大切な人と一緒に……』
「美味しい」
程よい甘さ、口中にふわりと広がる薔薇の香り。ほろり。涙なんて、とっくに枯れたと思っていたのにぽろぽろ溢れてく。
……会いたい。
会いたくて堪らない。
傍に澁澤さんがいれば、メッセージカードの通りになるのに。
けれど今の俺では駄目な気がする。目が腫れ、髪がぼさぼさ、生気がない状態で会っても引くだけだろう。お休みとメリークリスマスの言葉を聞けただけで満足だ。
その時はキャンディを贈る意味を知らなかった。「あめ玉一個でも嬉しい、一生大事にとって食べないかも」。澁澤さんはそのまま俺の言葉を受け止めた。
「あなたと長く一緒にいたい。好きです」という意味があるなんて、全然知らなかったんだ。
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