甘く蕩けるような……

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 正月休み明けの経理課はまさに地獄の残業の日々が続く。3月が決算期にあたるため、普段の業務プラス予算編成業務、償却資産の申告、種類別明細書などを作成、監査役などのチェックを経て株主総会に提出される計算書の作成などなど。分かってはいたが、頭が痛い。 「なっんだっよ、これ!」 「小橋、落ち着け。6月の挙式と新婚旅行の為だと思ってさ。落ち着けよ」 「……ああ」  落ち着いた小橋はデスクの上の缶コーヒーに手を伸ばした。おっと、俺も人のことは言えないな。初歩的なミス、支払い手形の郵送先の宛名を間違えそうになった。  やっと退社が出来たのは夜の8時過ぎ。くたくただ。まっすぐ帰って、温かな風呂に浸かりたい。癒されたいなぁ。  正月が終わった途端、街並みに並ぶ店舗は2月のバレンタインデーの(クリスマスと比べると地味だが)意識した飾り付けに変わっていた。愛の告白をするのにはぴったりの日だ。澁澤さんがバレンタインデーの日まで待つとは到底考えられない。  俺から動けばいいの?  結果がどうであれ、友達ではいてくれるよな。  中央線ホームで電車を待つ。疲れ切った顔で車両に乗り込むと、以前とそっくりな光景を目の当たりにした。俺と同じ仕事帰りのOLのお姉さん3人の視線が出入り口側に立つあるグループへと熱心に注がれている。男性が3人、女性が2人の華やかなグループだ。 「ねぇねぇ、あの真ん中の人が一番格好いいよね?」 「王子さまみたい!でも全員、お洒落よ」 「うんうん、男性は格好よくて、女性は可愛い!でも、真ん中の人が素敵よね~」 「どうする?声かけちゃう?」  王子さまみたい……。どこかで聴いたフレーズ。お洒落……。地味な俺には関係ないか。  空いてる席はないのかな。マフラーを深く巻き、当たりをキョロキョロ見渡した。よっこらしょっと空いてる席に腰を降ろす。  ……。  ……。    ちょっと待て!    
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