last・君しか見えない。

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 繁忙期にあたる師走の時期。恒例の、月1のお茶会をパスする予定が、はは、来てしまった、澁澤さんの実家。 「あれ?圭吾さん、こんにちは?いらっしゃい!今日は姐さんとお約束がありましたか?」 「こんにちは坂本さん。約束なしできました。いないのでしたら、美味しい紅茶が手に入ったのでお渡しください」 「東郷組の姐さんの和花さんとエステにいきやした。仲が良いっんすよね~、はい、必ず渡しておきます!」  間近で拝むと大迫力だ、スキンヘッドの坂本さんに手渡した。帰ろうかと後ろを振り返る。 「よ、いらっしゃい。おいこら、まてまて、そう慌てるな。たまには俺が相手してやろう、15分くらいしか空いてねぇが」 「雪士さん、こんにちは」  え、雪士さんと?ぼんやり、すぐに返事ができない。 「お義兄さん直々だぞ、他の女が見ればうらやましがるお誘いだ。一颯は?いねぇのか」 「一颯さんはクライアントとの打ち合わせです。来月オープンをする、イタリアンレストランのオーナーさんと」 「はぁ?休みなのにご苦労なこった。奥へ行こう、おい坂本」 「へ、へぇ!」 「ソッコー、うまいケーキとお茶を用意しな」  わかりました!と急いで出ていく坂本さんが可哀相に見えた。奥の部屋はお母さんとお茶会をする場所だ。そこに(苦手な、でも外見は澁澤さんとよく似た)雪士さんと二人っきりときた。ドカッと胡座をかき、う~わ、スーツの袖から覗く手首に刺青が見えた。 「煙草、吸うよ?新婚生活はどう?くっくっくっ、んな怖がるな、もう取り引きしようなんざ言わねぇからよ」 「───本当ですか?一颯さんは組みに入るのを嫌がってます。新婚生活……そう、ですね。快適です」 「ん、そうか。一般人には一般人の幸せのカタチがあるのかな。どっぷり闇に染まった俺には手が届かない世界だ。あんたには言えねぇヤバイことを沢山してきたからな。……地獄行き確定だ」 ───そんな。 「お待たせしました!モンブランと喬木さんがお持ちした、ニナス・マリーアントワネットです。姐さんが好きそうな、可愛いらしいピンクの缶が素敵っすね」 「なんとも乙女チックな……」 「りんごとバラの花びらで香りづけをしたフレーバーティーです。雪士さんもどうぞ」  ちらりと見て、一口、二口……。全部飲み干した!? 「意外、てか。誘っておいて悪い、約束がある」 「あ、の、雪士さん」  立ち上がった雪士さんは、うん?と振り返る。 「住む世界は違いますが、誰にでも幸せになる権利はあると思います。それがどんな形なのかは、その、人それぞれなのでは?俺は、一颯さんが傍にいてくれることです。一生、愛します。雪士さんもかつては誰かを真剣に愛した時期があったのでしょう?……その想いは、思い出は決して消えない」 「もう行くよ。忘れた、そんな感情。一颯があんたを選んだ理由を少し理解した。せいぜい二人で仲良くやってくれ」  ふぅーと長い白い煙を吐く。酷く冷めた瞳の奥に、一瞬だけ精気が宿り輝く。……美味しい紅茶とモンブランを頂き、坂本さんに車で送ってもらった。 「お待たせ、圭吾さん」 「お疲れさまです、一颯さん」  銀座のエルメス横で待ち合わせをしてたんだ、笑顔で手を上げた澁澤さんに駆け寄った。ぽふっとだきつく。1分1秒でも長く一緒にいたい、大切な人。
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