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「??喬木さん、りんごと薔薇の香りがする??」
「お義母さんには会えなかったのですが、……くっは、く、擽ったい!」
人目をはばからずマフラーを巻いた俺の頬に擦りよる。匂いを嗅ぎ、ぎゅうっと抱き締めた。
「ああ、あの紅茶の香りか。誰と飲んだ?」
「驚かないでください、雪士さんです」
え、と?どきん。俺を見おろす瞳が……。なにか悪いことでも言った??
「あー、雪士兄ちゃんか。頼む、あの人との接触はなるべく、いや、やめろ。いいな?」
やめろ?いつになく言い方がキツイ。澁澤さんを怒らせると怖いからな、恐々頷いた。
「違うんだ、誤解だ。俺ね、律さんと約束をしたから。圭吾さんを危ない目に合わせないって。たとえ大したことない怪我だったとしても心配だよ」
「大丈夫です、俺はこう見えても頑丈です。あのですね、雪士さんは一颯さんを組には勧誘しないと話してました」
「半信半疑だ。ん~、ま、信じるよ」
そして手を繋いで歩きだす。「お茶でもして帰る?」「家で飲みませんか?素敵な家がある、毎日帰りたくなる素敵な家が」
「そうだな。そうだ、見せたいものがあるんだ」
すっかりご機嫌さんだ!俺に見せたいもの。それはもうひとつの夢。
「さっむ!」
「冷えますね」
真っ先につけたのはストーブだ。それからダウンジャケットを脱ぎ、ハンガーに引っかけた。手を洗い、コーヒーメーカーを食器棚の奥から取り出した。俺はモンブランをごちそうになったので、珈琲だけにしようかと思うんだ。
「今日ぐらい、別にいいじゃん」
「夕飯が食べれなくなると困ります。あ、じゃあ珈琲をやめて、緑茶とおせんべいにします」
「せんべい……。ぷっ、いいけどさ」
今日の夕飯は俺が作ろうかと思う。でも、休日は二人並んでキッチンに立てる日。
「ちゃんと手伝います。奥さんと料理でスキンシップをしながら、が憧れだったんだ」
「いいんですか?お疲れのようでしたら休んで下さいね?」
お義母さんからいただいた京都老舗の玉露茶。醤油せんべいをポリポリ。……う、うう、庶民すぎたか。
「好きなもんを食べりゃいいよ。月1か、月2は外食をしたいなぁ」
「そうですね、やりくりは任せて下さい!スーパーのチラシも、スマホで毎朝チェック済みです」
だって澁澤さんには自分の事務所を持つ夢がある。その夢を叶えるためなら出来る限りの協力をするつもりだ。俺が会社を辞めるのはその時だ、彼を身近で支え経理のノウハウを生かしたい。
晩ごはん、後片付けを終えたダイニングテーブルの上に設計図を広げた。
「ここが業務をする場所で、ここは応接間。来年もまた、新しい設計図を書くよ。俺たちが住む予定の家の設計図はこっち。これも毎年、書き換えていくつもりだ」
「駐車場スペースは1台あれば充分ですね」
夢が叶う日がくるまで毎年設計図を書き換えてゆく。俺も頑張って働こう。俺の瞳には澁澤さんしか映らない、見えない。ふっと目があい二人で笑いあった。
「俺は圭吾さんしか見えないよ。これからもよろしく、奥さん」
はい、こちらこそ。
ちゅっ、と誓いのキスをもう一度。隣には愛するあなたがいる。これ以上の贅沢はない、今夜も同じベッドの上で寝て朝を迎える。何気ない幸せ、素敵な毎日を噛みしめます。
※エンド※
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