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「ちゃっちゃと始めるか。圭吾さんはチーズフォンデュの材料を用意して、トマトスープをお願いします。俺はアスパラガスと生ハムの春巻きとかぼちゃとれんこんのデリ風サラダと、チキンソテー……そろそろ焼けた頃かな?」
なにが?オーブンを開けると甘い香りが漂う。
「スポンジケーキの膨らみ具合もバッチリだ、よっしゃ、大成功。……家での誕生祝いもなかなかのもんだろ?帰りに酒屋でシャンパンを購入してきた。あとで乾杯をしよう」
「俺は毎年家でも嬉しいです。一颯さんと一緒に過ごせるのなら。チーズフォンデュのじゃがいもとエビ、オニオンリングも美味しそうですね」
とまぁ、おしゃべりはここでストップだ、手を動かそう。明日のお義母さん主催の誕生日パーティーは午後3時から。アフタヌーンティーをしましょう!と俺のスマホにも連絡がきた。
……場所は……。
はぁ?
品川プリンスホテル?
嫌な予感しかしない。
それには澁澤さんも同意見だった。
「──釘は刺しといたが。場所がな」
「ええ、場所が」
26F のスカイラウンジを貸し切り?だとか???そこで2人の手が止まる。さきに沈黙を破ったのは澁澤さんだ。
「は、はは。今さら、キャンセルはなぁ?今夜は二人っきりのパーティーを楽しもうよ。あとで莉子ちゃんや小橋さん、眞寛さんからいただいたプレゼントとかゆっくり見せて」
「はい、そうですね。東郷さんは一颯さんと今度食事にでも行こうと言ってましたが?」
「眞寛さんが?」
あーそ……、とテンションが低い。
「わかった、また連絡をしとくよ。気を取り直してパーティーの準備だ」
再び手を動かした。ほとんどの材料の下ごしらえを澁澤さんが済ませていたおかげで、効率よく料理がはかどる。休日以外でふたり並んでキッチンに立つ。……嬉しい、楽しい。
暗い俺を簡単に笑顔にできるのは貴方だけだ───。
◇◇◇◇◇
「ケーキも完成だ!オリジナルっていうのが、いいよな~。インスタに載せとこ」
「ケーキ作りも楽しかったです、思い出が増えました」
「お祝いをしようか。あ、待って、圭吾さん」
エプロンを外し、席に着こうとする俺を制止する。澁澤さんがダイニングチェアーを引き、不思議がる俺の手をとりエスコートをする姿はクリスマスのやり直しをした……。
「圭吾さんが主役だからね。今日は精一杯、エスコートをするよ」
「ふふ、ありがとう」
「夜もご奉仕する。……あんたはなにもしなくていい」
なにも?それじゃあちょっとつまらない。
「誕生日でも、そうじゃない日でも普段通りに過ごしたい。俺も、一颯さんにご奉仕したい」
その台詞がよかったのかどうかはわからないが、あっちも普段通りだった!
チーズフォンデュは家の冷蔵庫にあるもので、澁澤さん手作りのサラダと春巻き、チキンソテーはシャンパンとの相性もよく絶妙な美味しさだ。……結婚をして本当に幸せ、昔の俺では考えられなかった。オリジナルケーキは2人の好きなフルーツやチョコレート、クッキーを乗せたせいで、もはやケーキと呼べる代物なのかどうなのかは謎だが、俺にとっては特別なバースデーケーキの完成だ。
「これも愛嬌、で。圭吾さんはメロンが乗っかった部分を。俺はクッキーとマーブルチョコのところだな」
長いロウソク3本を立てて、ハッピーバースデーの歌をうたった。ロウソクの火を消すまえに願い事を胸の内で呟く。
今年も来年も、ずっと。
一颯さんと一緒に過ごせますように。傍にいられますように。
誕生日プレゼントはシルバーツイストの、細身のバングルだった。
「ありがとうございます、出かけるときには結婚指輪とつけます」
感動して、顔を上げると俺の体がふわりと浮いた。え?澁澤さん?わわ。
「ちょ、ちょっと?」
「俺は圭吾さんが食べたくなった。……素直に喜んでくれて、俺も嬉しい」
行き先は隣の寝室だ。
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