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澁澤さんはクスクス笑い続ける。俺の手を取り体を起こすと。
───!
この感触……!
う……わ。
「急に起こさないで下さい」
「あ、ごめんね?」
悪いと思ってない癖に。……さきにシャワーで体を綺麗に洗い、遅めの朝食を食べ、出かける準備をした。洋服のコーディネートと髪型を整えてくれたのは澁澤さんだ。二人の左手の薬指にはマリッジリング、俺はバングルもつけた。
「よっしゃ完璧だ。色白の圭吾さんに似合う淡いミントグリーンのシャツとホワイトスニーカーの組み合わせはどう?」
「ありがとうございます、素適です」
澁澤さんだって充分お洒落だ。世界一格好いい、俺だけの───王子さま。
マンションの鍵をしめ、澁澤さんの愛車へと乗り込んだ。
「さっきウェブで、ロシア行きの飛行機のチケットが取れるかどうかの確認をしてみたんだ」
「どうでした?」
「ラッキーなことに8月11日の……22時50分羽田空港発のビジネスクラスが取れたよ。一生に一度の新婚旅行だ、奮発しよう」
「俺はパスポートを持ってません。月曜日のお昼の休憩中に戸籍謄本を取りに行ってきます」
苦手な証明写真も。
昼食は簡単に摘まめる、サンドイッチかおにぎりだな~。
「申請書をダウンロードしとくよ。俺は高校3年生のときに、10年間使えるパスポートを作ったんだ。あとはビザの用意だな、2週間くらいかかるらしい」
「ホテルはどうします?」
「心配はいらないよ、宛てがある」
お盆シーズンなのに、混んでないの?
そのあと口篭もる。
「なんですか?はっきり言って下さい」
……澁澤さんらしくない。
「圭吾さんが、嫁さんをやめたくなるかもしれねぇ」
「やめませんよ」
「じゃあ、はっきり言う。祖父ちゃんはモスクワに拠点を置く、マフィアのボスだったんだ。現在は引退してお袋のお兄さんが跡を継いでいる。お袋の弟さんもマフィアの一員だ」
……へ?
ロシアンマフィア……!
「国際電話でのやり取りは明るく、優しそうなイメージでしたが……。日本語がとても上手でした」
「実物は渋みがあってかなりかっこいいよ、愛人がたくさんいた、過去形な。親父が唯一頭が上がらない、偉大な人だ」
それは残虐性も含めて?
信号が赤に変わる。ゆっくりブレーキペダルを踏み込むと恐る恐る、俺を見た。
「───やっぱり引く?結婚生活をやめたくなった?」
「いいえ、びっくりしたけど。……やめません、一生、一颯さんの傍にいます」
ほっとした表情だった。
お祖父さんが元マフィアのボスか。ヤクザとマフィアの繋がり、外国人である澁澤さんのお母さんが結婚相手として認められた理由をなんとなく理解した。
「詳細はまたあとで。着いたよ」
「ええ、着きましたね」
えっ!
二人で目が丸くなる。黒づくめのスーツをきたイカツイ連中が三人。手を振る笑顔が恐ろしい。
「お前ら、なにしてんの?」
フロントドアガラスを降ろした。
「坊っちゃん、喬木さ……圭吾さん、こんにちは!お待ちしておりました!」
「この炎天下でか?ご苦労さま、早くホテルの中へ入れ、熱中症で倒れるぞ」
「気にしないで下さい、俺たちポカリ持参で大丈夫でさぁ。冷感タオルもっ」
「倒れて大ごとになった場合、どうするんだ?……ったく、お袋はなにを考えて……」
「姐さんの命令じゃないっすよ。俺たちだけで勝手に……。坊っちゃん、あの~」
「なんだ?」
「一人、気分が悪いそうです、あは」
「……乗れ」
ハンドルを握る澁澤さんは頭を項垂れ、大きな溜め息をついていた。
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