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でも、なんとか踏みとどまった。最大のメイン、ケーキカットが待っている。
「…親父、お袋、兄さん、またあとで。今日は来てくれてありがとう」
「いいって、気にするな。お前の晴れ舞台をしっかり見届けにきただけだ。おめでとう、圭吾。幸せになれよ」
「──ありがとう、兄さん」
3歳の女の子と1歳の男の子を持つ兄は根暗でおとなしい俺とは違い、長男らしくしっかりとした周りに気配りができる好青年だ。……幼い頃はよく比較をされ、小さな溝ができた時期があったが、いまは離れて暮らしているせいか良好な関係を保っている。親父とお袋のお気に入りのお義姉さんは俺を「圭吾くん」と呼び、優しく笑いかけてくれる朗らかな女性なんだ。
3段の高さのあるウェディングケーキ入刀の場面では“Baby I Love U ”が流れた。
「写真を撮るわね、お二人さん、笑顔!」
お義母さんとお袋と、律ママが乗り乗りの状態だ。今年の誕生日会もまた、記念日となる。来年も───。
「お袋の意見を優先させたけど、来年は二人っきりで静かに祝おうよ」
「ええ」
引き出物のかわりに2本のスプーンのカトラリー、NUMBER SUGARの可愛い生キャラメルはお義母さんのセレクトなのだろう。俺の涙腺が完全に緩んだのは、両家からの手紙だった。
小橋と莉子さんの結婚式の時も涙腺が崩壊したが、これはこれで
───。
狡いよなぁ、嬉しいけど。
泣けてくる。
「わたしは気弱だけど、優しい圭吾さんが大好き。……これからも仲良くしてちょうだいね」
「……はい、よろしくお願いします。俺も何度も伝えましたが貴女が大好きですよ」
「末永くお幸せに。……たまには家に遊びにきてね。母さん、腕を振るってご馳走するわ」
「うん、必ず顔出しをしにいくよ、お袋」
隣に立つ澁澤さんが、かすかに震える俺の肩を優しく抱いた。
「今日は俺たちの為に、お忙しいなか足を運んでいただきありがとうございます。……まだまだ未熟者の二人ですが、あたたかく見守っていただけたら。ご指導のほどよろしくお願いします」
時間ぎりぎりまで、わいわいがやがや騒がしかった会場が澁澤さんの挨拶のときには静かになった。一斉にメインテーブルへ視線が集まる。
「そして、お前らも。ありがとな、最高に楽しくてたくさん笑った!俺は組には入らねぇが、心は組と供にある。お前らも大事な……家族の一員だ。組長、姐さん、若頭、若頭補佐を支え、これからも澁澤組を盛り上げてくれ」
「坊ちゃん……!」
俺には計り知れない、澁澤さんと組員たちの間には深い絆がある。男が泣くときは、よほどのことだとは思うが……。
「皆さん、今日はありがとうございました。忘れられない、最高の誕生日となりました」
頭を下げ、最後の方は涙声で声が掠れていたかもしれない。いちばん感謝すべきはお義母さんだ。
「この先、どれくらい親孝行ができるのかわかりませんが。お義母さんの都合のいい日に、ショッピングに行きましょう」
────会場内が拍手と歓声につつまれた。
◇◇◇◇◇
帰り道。
駅のホームを降り、マンションまでの道のりを手を繋いで歩いた。
「一颯さん、いつか綺麗なお星さまを見に行きましょう」
「そうだなぁ、神戸の夜景も綺麗だったが、自然が多い場所に行こうよ」
神戸旅行は、澁澤さんからプロポーズを受けた思い出深い日だ。
「お袋から聞きました。俺に内緒で、何回か家に行ったって」
「…………」
澁澤さん?あれ。あれれ。
夜空を見上げ黙りだ?
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