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◇◇◇◇◇
「喬木、おはよ。最近は明るいな~、なんか良いことでもあった?髪も綺麗に揃えちゃってさ」
「なにもないよ?小橋こそ、莉子さんとラブラブじゃん、羨ましいよ……その書類は?」
小橋は目敏過ぎる。俺が明るい……?他の人にはそう見えるんだ。ぼさぼさの髪では会えないだろう、澁澤さんの目に止まれば、すぐ指摘をされそうだ。
「ああこれね、給与支払報告書なんだ、俺のパソコンの調子が悪く起動が遅くてさ。手伝ってくれないかな」
「あ、うん。分かった。営業1課の分だっけ、手伝うよ」
「ありがとう、喬木」
えーと、データをインポートして、個々のチェックを慎重に。今月末日までに申告をしなければならない大事な書類だ。
この会計ソフトのお陰で税務署に提出をするのに必要な源泉徴収票の電子申告用のデータも同時に作成することができ、作業がずいぶん楽になった。楽にはなったけれど、それでも残業の日々が続く。この繁忙期に誰か一人でも体調を崩し、欠けると本気で恨まれそうで怖い。
午後8時。業務が終了し、まっすぐ帰宅をすると澁澤さんからのメッセージが届いてた。お疲れさん、とそれから……。
え、えぇ?!
タクシーでこっちへ?
うわぁ……部屋!掃除機をかけると隣人に迷惑か。急いでストーブをつけ、散らかった雑誌を纏める。台所!朝に食パンとヨーグルト、カフェオレを飲んだあとの食器がそのままの状態だ。
ほんとタイミングが悪いんだ、部屋の鍵を掛けていなかったせいで食器を洗っている最中にドアが開く。
「喬木さん、こんばんは。喬……」
「こ、こんばんは……」
「上がっても?」
「はい、どうぞ。散らかってますが」
焦る俺をみて小さく吹き出した。仕事帰りの澁澤さんの手にはスーパーで購入したと思われるレジ袋を下げている。コートを脱ぎ、座椅子の上に引っかけると「晩飯はまだだろ。台所を借りるよ」、と食材を取り出した。
「なにか手伝いましょうか?」
「いいよ。喬木さんはゆっくりしてなよ。俺一人で作る方が早い」
「は、は……い」
………?じっと見つめる眼差しに吸い込まれそうだ。
「澁澤……さ?」
「目の下に、クマができている。少し痩せた?」
「ご飯を食べるより、眠気の方が……」
「ちゃんと食べなよ、倒れたら心配するだろ。忙しい時期なのは分かるけど」
ふんわり、優しく俺の頭を撫でていた。心配、か。澁澤さんだと嬉しいんだ、どんなことでも。
「体力ねぇと週末の楽しみが減るからな。さすがの俺も、この時期の平日は避けるよ」
無理に言い聞かせているようだった。包丁とまな板を取り出し、かぼちゃやレタス、パプリカを並べる。今日はどんなご馳走を作るのだろう。
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