プロローグ

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邯鄲の夢。 栄枯盛衰の儚さという意味を持つ故事成語のことだ。 俺はこの泉ヶ丘学園に赴任して2年後に、嫌というほどそれを思い知らされることになる。 泉ヶ丘学園とは、生徒自身の能力を伸ばすためのカリキュラムと設備が整っており、難関大学進学率が92%という実績から人気があり年々受験倍率が上がっているトップ校である。 毎週小テストがあり、80点未満の生徒には居残りをさせ自らのミスと向き合う時間を積極的に設けている辺りも人気の理由のひとつだ。 この間校内で迷子になっていたらプラネタリウム室なる部屋を発見したし、利便性を考えエレベーターを設置したりするなど、泉ヶ丘学園は『勉学に励むには理想の環境』をうたい文句にしているだけあって他区からの進学者も多い。 まるで大学のような高校だ。 設備維持のために寄付金制度は欠かせないらしく、毎年入学する生徒の親は多額の寄付金を払っているようだ。 寄付金とは名ばかりで、暗黙のルールの下にどの親も払っているという闇のある制度である。 泉ヶ丘学園は教師も優秀な人たちばかりだ。 この学園に採用されるにはそれ相応のスキルが必要で、ほとんどがスカウトされて来た人たちばかり。 俺もその中の1人だが、何故スカウトされたのかは未だにわからない。 新卒採用ということは前代未聞であり、何の実績もない俺が評価されるなど有り得ないことだからだ。 だが、泉ヶ丘学園で教師として過ごせることに誇りを感じていた。 何故なら、この学園は教師にとっても憧れの職場であり経験を積むには適している学園だと評判だったからだ。 そんな学園で教師としてのスキルアップ期間を2年頂き、今年ついに担任を任されることになった。 順風満帆という言葉がぴったりだろう。 やる気と期待と少しの不安が胸いっぱいに広がる感覚に酔ってしまいそうだ。 しかし、ある自称神様に出会ったことによって俺の航海は波乱に満ち溢れることになる。 それは教師として茨の道を歩むということに繋がると、この時の俺は夢にも思わなかった。
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