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「あっ……!」
ふいに硝子の靴先が舗道のレンガに食い込み、サファイアは派手に転倒した。
右膝を思い切り路上に打ちつけて、痛みに呻く。
ドルマンスリーブの袖口から砂埃が入り、細い腕にざらざらした感触がまとわりついた。
痛みと不快さに、サファイアは可憐な顔を歪めた。
このベルベットのドレスは大伯母さまが特別にしつらえてくれたもの、昨今の流行りを取り入れてクラシカルなデザインになっている。孔雀色に薔薇の金糸刺繍を散らした、17歳の娘には少し大人っぽいドレスだ。
だが、そんなことよりも……
(早く……早く立たなくちゃ……!)
激しい焦慮が胸に逆巻き、サファイアは必死に身を起こそうとした。
しかし、息が切れて体が思うように動かない。
足が痛い。脇腹が痛い。呼吸が苦しい。
(だめ……もう一歩も走れないわ)
しどけなく舗道に両手をつき、サファイアは崩折れたまま荒い呼吸をくり返していた。
心臓がバクバクいっているのは、走りづめのせいばかりではない。
冷たい恐怖が、ぎゅっとサファイアの胸を締めつけていた。
(逃げなきゃ、早く……!)
ままならない体をもどかしく感じながら、サファイアは怯えた眼差しをあげ、耳を澄ませてみた。
晩秋の夜気がひやりと素肌にまとわりついてくるだけで、何の物音もしない。
自分の鼓動の音だけが、うるさいぐらい耳もとで鳴っていた。
ほんの少し安堵して、サファイアはゆっくり立ちあがり、あたりを見回してみた。
無我夢中で走ってきたので、自分がどの辺りにいるのか、見当もつかなかった。
(どこかしら、ここ……?)
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