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「いっ、いやっ……!」
小さく悲鳴をあげて、サファイアは再び駆け出した。
いや、駆け出そうとしたのだが、体に力が入らない。
足がもつれ、よろめいた華奢な体は傍らの塀にどん!とぶつかった。
背中を強打して、サファイアは痛みに白い喉をのけぞらせた。
体勢を整える暇(いとま)もなく、数台の馬車が前方に回り込んでサファイアの退路を断った。
正面と後方にも、黒塗りの馬車が停車する。
いずれも王家の紋章を刻んだ六頭立ての馬車、徒歩で逃げ切れるわけがない。
絶体絶命の状況の中で、サファイアは自分の愚かさを呪った。
好きで走ってきたわけじゃない。
舞踏会には自家用の馬車で行くのが一般的、ところが今宵に限って王家から遣いの馬車が来てこれで登城しろという。
帰りも、城の馬車で送るということだった。
長い螺旋階段を駆け降りて城を飛び出したサファイアは、一路馬車置き場に向かった。
だが、他家の馬車は馭者が控えの間に集まっていて不在、唯一馭者がいた例の城の馬車はサファイアの目の前で煙に包まれてカボチャに変わり、馭者と馬たちは鼠になってしまった。
仕方なく、走って逃げた結果がこれだ。
王子がサファイアを深追いしなかったのは、すぐに捕まえられると踏んでいたからだろう。
馬車の扉がいっせいに開き、長身の男たちがものものしくサファイアを取り囲んだ。
「……っ!」
怯え切った表情で、サファイアは背後の塀にぴたりと体を押しつけた。
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