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『――なんて、非道い――』
兄は倒れ込むぼくの体を抱いて支えながら、震える小声で何度も繰り返した。
担がれるようにして、暗い地下室から出た。
生まれて初めて出る、部屋の外。
力が入らず、感覚もないはずの両足が震えていた。
何度も、寒いのかと聞かれた。
答えられずにいたら、言葉を知らないのかと、少し悲しそうな声が返ってきた。
ぼくはあわてて首を振った。
言葉は知っているし、寒くもない。
ーーただ、怖かった。
これまで、あらゆる全てを把握できていたぼくの小さな世界観が、地下室から一歩遠ざかるたびに数倍して膨れあがっていく感覚が。
手の中にあった世界がこぼれ落ちて広がり、得体の知れない巨大な怪物に変わっていくようで。
確固としていたぼくと世界とのつながりが、一方的に断ち切られていく。
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