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血が苦手な男だ。
そのくせ仲間が傷付くのを極端に嫌い、「こどもの家」の頃から厄介事を背負いこんでは生傷を作って帰ってきた。
その夜もそうだった。
大きなマスクで端正な顔をほとんど覆ったマックが、自分と目を合わさずにホールを横切ろうとする他人行儀な態度にジャッキーは怒る。
「マック!ちょお、待てて!」
キッチンで洗い物をしていたジャッキーは、濡れた手のままマスクをむしり取った。
「…ってぇ!」
予想通り、マックの白い頬は何度も殴打された痕が残り、口の端は切れて血が滲んでいた。
ジャッキーは丸い目を潤ませて見開くや、数時間前に手間をかけて結んだ黒いネクタイを乱暴に解き、シャツを思い切り左右に裂いた。
昨晩触れた時にはすべらかだった白い下腹は、頬と同じく、否、それ以上に紫色に変色していた。
「あんた、また厄介なもんに巻き込まれとるみたいやなぁ」
“そうでもないで”と言いたげなポーカーフェイスのマックは、無残に裂かれたシャツの前を合わせる。
「なんか言えや、口あんねやろ」
「くひのなか、きへとるから、よお、ひゃべられへん」
「くちっ!」
ジャッキーがマックの口を無理やりこじあければ、鮮血に染まった咥内でガラスの破片がキラキラと光った。
「アホッ!」
がに股で救急箱を掴んで戻ってきたジャッキーは、“ちょっと辛抱やで”と我が子を宥めるかのように顎に手を添え、咥内に刺さったガラス片をピンセットで丁寧に取り除いていく。
マックは光る鉱物を粘膜から引き抜かれる度、熱い息を漏らし、微かに呻いた。
「声、我慢せんでもええで」
苦悶で顔を歪ませながらも、強情なマックは首を横に振る。
「ええ子」
加虐的な笑みを浮かべたジャッキーは、半ば楽しげに破片を引き抜いては灰皿に投げ捨てた。硬質な高音が真夜中のホールに響く度、マックは喘ぐ。
血液の混じった唾液が細い顎を伝ってジャッキーの無骨な指を濡らしたが、全く気に留める様子はなかった。
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