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青い海に白い男が沈んでいく。
苦しい、苦しい。
ここ、どこ。
海?
海に沈んでるんか、俺。
はよ上がらな、息できん。
顔、ベタベタすんなぁ、手も。気持ち悪。
赤い。
なにこれ。
血。
血ぃや。
ジャッキーの、血ぃや!
(ジャッキー!)
目を覚ましたマックは、まるで羊水から出てきたかのように全身汗だくだった。
シャツの袖でしたたる汗を乱暴に拭い、足を引きずりながら横たわるジャッキーの様子を見る。
青い顔をしているが、かろうじて息をしていた。
だが、唇が渇いている。
「水、あればええけど、ワインしかない、な…」
マックはジャッキーを静かに抱き起すと、先刻開けたワインを口に含み口移しで飲ませる。
少しずつ少しずつ、丁寧に、ゆっくりと。
マックが口の端からこぼれた赤い液体を長い指で拭ってやると、ジャッキーがうっすら目を開けた。
「優しなぁ…なにぃ、末期の水?」
「アホ言うな。そう簡単に死なさんわ」
「ふは。____キビシイわ~」
健気に軽口を叩くジャッキーが“もっと欲しい”と求めるような目をしたので、マックはもう一度ワインを煽りジャッキーに口づけた。
深く深く、潜るように。
こんなことならもっと優しくしておけば良かったと、マックは口づけを続けながら思い出せるいくつもの場所に立ち戻る。
「こどもの家」で自分を捨てた母親を思い出し、夜中にひとりで泣いていた小さな手を、握っておけば良かった。
始末屋に誘って、定食屋をやめさせたあの日、不安げにしていたあの細い肩を、抱きしめておけば良かった。
“エイト”を沢村に返す時、怒りを露わにしていた唇に、キスしておけば良かった。
あの時も、この時も。
もっと早く、こうしておけば良かった。
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