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月明かりが静寂に満ちた大地を照らす――。
今宵の夜空はとても賑やかだった。
月に負けじと星々は煌々と輝き、幾多もの宝石を散りばめたかのような幻想的な光景がそこにある。
それは卑しい人の手など未来永劫届くことのない不可侵の領域。
誰の物でもなく、何者にも指図されず、あるがままに存在する。
だからこそ美しい。
空は自由の象徴であり、希望を一杯に詰め込んだ新世界。
人はまだ見ぬ何かを夜空に浮かぶ光と重ねて想う。
――だが。
「人は己の足で大地を踏みしめる。否応なく大地に縛られ続ける。自由に恋い焦がれ切望し、どれだけ手を伸ばそうとも、決して届かない。人は産まれながらに、自由から程遠い場所にいるんだ。嘆かわしいと思わないかい?」
ロンドン郊外。人気のない裏路地にて、若い男はそう言った。声は静かに反響していく。
街灯はなく、月明かりだけが射し込む。淀んだ空気。重く漂う腐臭。その発生源はゴミや下水道の為ではない。
人の死体だ。腸を引きずり出された女がごろりと大の字で転がっている。
それを起点に溢れ出す血が、地面を少しずつ侵食していく。
その死体のすぐ側に立つ女に、男は静かに語りかける。
「法律。価値観。固定概念。他の生き物より発達し過ぎた脳は、自由とは真逆のものに支配されるようになるのさ。皮肉なことにね」
男の右手には赤ワインのボトルが握られていた。貼られたラベルはかなり古ぼけ、文字が所々読めない。
相当年季が入った代物のようだ。コルクは既に空かれており、中身は半分ほど減っていた。
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