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再び死体を見下ろす。血みどろの婦人服。首や指、腕など所構わずつけられた悪趣味な宝石やアクセサリーの数々。だがその主は既にない。
「死人に鞭を打つ趣味はないんだけれど……貴族というのは常人とはかけ離れたセンスをしているようだ。まるで装飾品の総額が自分の価値とでもいいたげで笑えるよ。それなら死体の今と前でも同価値ってことじゃないか。哀しいね、金にしか存在意義を見出せないなんて」
「最初はこの女しか殺さないつもりだったのに……彼が金なんかに眼が眩むから……それがどうしても許せなかったから……殺したの」
その言葉に感情はない。後悔も懺悔もなく、ただやるべきことをこなした。
淡々と動くだけの機械に殺意だけを巧妙に取りつけたかのような無機質さ。
そんなからくり人形に残されたものは、動力源となる狂気。それだけが身体を突き動かす。
「ふ、ふふふっ。いいえ、私こそが切り裂きジャック。ロンドンを震撼させるシリアルキラー。おめでとう、刑事さん。いえ、その明察さ。本当に刑事なのかしら?そういえば風の噂で、とある名探偵が事件解決に向けて動き出したとか……。まぁどのみち私には関係ない話ね。とにかくあなたはこれで英雄になれる」
高らかに笑う女を前に、男は鼻を鳴らした。
「心にも無いことを言うじゃないか。君も気付いているから、人を殺めたんだろう?切り裂きジャックは空想の産物。名前だけが独り歩きしている上部だけのモンスターだとね」
「.......」
「常人ならすぐに分かる。一人の人間がこれだけの罪を犯して、何の証拠も残さない?馬鹿な、ありえない。必ずボロが出るはずだ。これは切り裂きジャックの名を借りた複数人による連続殺人。だから捜査は撹乱され、未だに誰も逮捕出来ない。果たして何人がその殺人許可証の名の下に人を殺めたのか.......。嘆かわしいよ」
「世間が造り上げた殺人鬼。なら、この犯人は世間そのものじゃないかしら?」
「そういう屁理屈は法の下でいうといい。さて、後の話は署で聞こうか。凶器はそのまま地面に落としてくれ。抵抗するなら、然るべき対応をしなくちゃいけないからな」
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