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「そういえばそうだ。まだ質問に答えてもらってなかった」
「質問?」
「ああ。君はあの美しい夜空を見て何を思う?僕と同じ思考回路になるのかい?」
「空が自由の象徴で、大地が牢獄であるっていう?」
女は空を見上げる。つい気分が高揚したせいだろう、真面目に返した。
「……そうね。というか、比べるのすらおこがましい気がするわ。だって浮かぶ星はあんなにも綺麗なのに、この大地には何があるっていうの?星の数ほどの人の群れしかないじゃない。元からして違う。あれはもう別格なのよ。憧れるというのもよく分かるわ」
「そうかい。いや、ありがとう。満足したよ」
男は穏やかな笑みを見せた。そして同じように夜空を見上げた。
「ああ、綺麗な空だ。本当に気分がいい。何て言えばいいんだろう。.......そう、内なる自分をさらけ出せる気がするんだ」
「........?」
「法律も価値観も固定概念も全て忘れて、本能だけが独り歩きするような.......そんな解放感を味わえそうだよ」
かくんと、女は首を下に向けた。意識しての行動ではない。首を支える筋肉が不意に緩んだのだ。
その視線の先、男がトレンチコートから取り出していたのは.......ナイフだった。刃渡りがどの程度かは分からない。
自分の身体から柄が飛び出していると錯覚するほど刃が完全に埋まりこみ、目視すら出来ないからだ。
「え......?」
首に力を込め、男を見る。離れていた間は見えなかったその素顔が露わになった。
端正な顔立ち。仄かに高揚している頬。微かに釣り上がる口角。
女を見つめるそのコバルトブルーの瞳は、星を連想させるほどに澄んでいた。
「物心ついてからというもの、一つの癖があってね。とにかく中身が気になるんだよ。 本でも機械でも、構造が分からないものは全部解体してしまいたくなる。とくに生物は最高でね。同じ生物でも個体差がある。一つとして同じ物はないんだ。そして僕は今、君の中身にとても興味がある。殺人さえ躊躇わない人の中身がどうなのか.......」
「.......まさか」
「ふふふっ、そんな眼で見ないでくれ。君だって立派な切り裂きジャックなんだから」
女は男を突き飛ばした。だが、その拍子にナイフが抜けてしまう。
途端、血が吹き出した。穴の空いた水風船のように。
だが、痛覚を感じない。身体が麻痺したかのように動かなくなり、そのままパタリと倒れてしまう。ワインに薬が仕込んであったのだ。
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