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少女は魅せられるかのように、緋色の扉をただ無心に見つめていた。怯えているのではない、感動しているのでもない、ただ目を離してはいけないような気がする。そんな曖昧な感情でただ眺めていたのだ。
「さっきまで、なかったよね」
またも少女は自分に確認するように呟く。今回ばかりは恐怖と期待が声に乗ってやや震えながら、やや嬉しそうだと少女自身でも自分の感情を把握できた。
この奥に進めと暗示されている。誰もがそう思う、そしてそうせざるを得ない状況に置かれている。少女は他に為す術もなく扉に近づき、丸い金属のドアノブに手を掛けた。
「……冷たい」
少女は少し微笑んでいた。今まで感じ得なかった冷暖の感覚をこの空間で感じることが出来たからだ。少しだけ現実に近づいた気がした。
冷たいという感覚に浸りながら、少女はドアノブを回した。扉を引くとキュッという音の後、特有のギギィという摩擦によって発生する耳障りな音が耳に届く。見た目より古い扉のようだ。
少女はそんな音に顔を顰めながらも、間違いなく扉が開いたという事実を確認し少しだけ安堵した。
しかし少しだけ開いた扉を見ながら、この先が変わらず闇であったらどうしようかと少女は一瞬考えた。考えてしまった。
その一瞬で脳が溶けるほど煮えたぎった感覚とともに軽い偏頭痛が起こる。眼の奥が少し痛い。先程まで安堵に満ちていたはずの全身が強張り震え、反転して恐怖に満ちた。
もう進むしか無いのに。内側から圧迫されるような頭痛に耐え、手に掛けたドアノブをゆっくりと引く。力はほとんど入れていない。ただ手を引くだけで簡単に扉は開いていった。相変わらず摩擦によって起こる耳障りな音は止まないがそれでも扉は幼子の手を引くように軽く開いていった。招かれるかのようにその扉の奥に、少女は歩みを進めた。
やがて陽の光のような眩しさが、少女の目を貫かんばかりに突き刺す感覚を覚え、少女は反射的に目を閉じた。
暫く待つ。まぶたの向こうの光に瞳が慣れてから、今度は少しずつ目を開く。それと同時に瞳孔は閉じていき、瞳は彼女に景色を与えた。
そこは鮮やかに緑の茂る森だった。陽の光を遮らない、多くなく少なくない木々達。まるで人間が歩くことを考慮されているかのように数センチ程度の短い芝の道が先に続く。
小鳥のさえずりが生命の存在を示した。
少女はその森で、限りなく穏やかだった。
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