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少女は前を向く。
何時何処で見て、何故持っているかすら分からないナイフを握りしめ、行くしかないと今にも揺るぎそうな多少の決意をした。
この安らぎが何時まで、何処まで続くか判ったものではないが、やはり進む以外に状況の進展は無さそうだと本人が緩く自覚し始めたからである。
握ったナイフを左側のポケットに仕舞う。何せ彼女は左利きだ。
――――さあ、行きましょう。
心の中で自分自身にそう語りかけ、前へ前へ、その脚を動かした。
暫く歩く。彼女の脳内時計ではせいぜい5分といったところであろうか。実際は60秒ほどしか歩いていない。小川のせせらぎが、だんだんと近づいているような気がしていた。
さらに歩みを進めると、そこには彼女でも軽く飛び越えられてしまうほどの小さな小さな水流があった。
これは小川の上流であろうか。勢いも弱く、音に例えればちろちろといったところだ。せいぜい80センチメートルほどの幅しか無い。深さに至っては10センチメートルあるかどうかも判別が難しいほどのものであった。
しかしその小川は美しかった。陽の光を浴びて宝石のような煌きを帯びていたのだ。その中に更に輝く何かがあることに、少女は気が付いた。
躊躇わずに小川の中へ手を伸ばし、輝くものを手にとった。
「わ、冷たい」
緋色の扉のドアノブとはまた違う、気持ちよさのある冷たさであった。夏に氷を口にするような、そんな爽やかな感覚に近いと少女自身が思った。
だがやはり、その冷たさは金属によるものだったようだ。
少女は手にしたものを持ち上げる。
それは紛れもない、金色に光る懐中時計であった。美しく繊細な装飾が成されている。商売や金銭に疎い少女でも、ひと目でそれが高価なものだとわかるほどに、惹かれるものがあった。
純金で出来ているためか、それとも小川の中に入ってからそれほど時間が経過していないせいか、懐中時計とそこに伸びる50センチメートルほどの細いチェーンには錆ひとつ見当たらなかった。
やはり少女には、その懐中時計に見覚えがあった。しかし何処で見たのかが思い出せない。心当たりが見つからない。だが何か懐かしい感覚があった。
その感覚を手放すことが惜しく、少女はそれを臙脂色のポンチョの懐に仕舞った。
その懐かしさに少しだけ安堵を覚え、美しい小川を軽く飛び越えて、彼女は更に前へと歩みを進めるのであった。
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