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ナイフの切れ味はなかなかのものだった。
そう。少女は思い出したのだ。自分の左ポケットに、誰のかも、何時入り込んだのかも分からない救いの刃があることを。
最初は恐怖や緊張で手が震えて強張ってしまい、左ポケットに手を入れることのみで時間を取られた。さらに少女の中でひしめき合いドロドロになった良くない感情が原因で呼吸が乱れ、抑えきれない分は焦りとなって全身から汗が吹き出したのだ。
しかし、ポケットに手が入ってからは少女自身でも驚くほど速くナイフを取り出した。ポケットの中で鞘からナイフを抜き去り、そのままの勢いで思い切り茨に斬りつけたのだ。
ブチブチブチ、とまるで動脈が切れる瞬間を連想させるような気色の悪い音と共に、少女を絶対に離さないと言わんばかりに絡みつき捕えていた茨は渾身の力を込めた少女の刃に切り落とされた。
茨は全て彼女の右腕を絡めてから全身へ伝っていく形だったため、一度に何本もの茨を切ることが可能だった。
少女は涙目になって必死に何度も何度もまだ残っている右腕の先の茨へ左手でしっかりと握ったナイフを振り下ろす。
その度にブチ、ブチ、と嫌な音を立てて茨は切れていった。
時間の感覚が麻痺していた。彼女にとっては何十分も経過していたように感じたが、実際は十数秒程度の出来事であった。
やがて全ての茨が少女の右腕から分断され、茨とは逆方向に体重をかけて極端に重心の偏った彼女の身体は自然と倒れる。ある程度の勢いをつけて尻もちをついた。
「いてて……」
少女が全身で犇々と感じていた恐怖や緊張、焦りといった感情は彼女の脱力とともに身体から抜けていった。分断された後も少女に絡みついた茨は、まるで命を失ったかのようにボロボロと少女の身体から落ちて離れ、残った茨も指で剥がす事が安易であった。
暫くの間、少女の乱れた呼吸を整える音のみが空間に響いた。やがてふらふらとした足取りで立ち上がり、体勢を立て直そうとしたがまたも尻もちをついた。
精神的疲労が身体にも影響を出しているといって差し支えないだろう。
「ちょっとだけ、休もうかな」
動かなくはなったものの、自分を捕えようとした茨を前にした休憩はあまり心地の良いものではなかった。しかし少女の体力を回復させるには十分の環境ではあっただろう。不安だったこの場所の暗さも、まるで拍子抜けしたように平気になっていたのだから。
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