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斜めに傾く西陽が校庭の土をほんのり橙に染め、部活動に精を出す生徒らの影が長く伸ばしていく。
グラウンドの外周を走る面子は陸上部。
左右の端ギリギリの位置に置かれたサッカーゴール。内側は言わずもがな、サッカー部のテリトリー。
部員らが威勢良くボールを追いかけていく様は、見ていて青春の匂いをひしひしと感じる。
やや下がりぎみになった近視眼鏡のブリッジをくいっと上に寄せた私は、校舎の教室からぼんやりと校庭を眺めていた。
「お姉様……」
どこにいても分かる。高く結われた艶々、さらさらの髪尾が左右に揺れる。
人より色素の薄い髪色は夏の間ずっと晒され続けた塩素によるもの。
幼少から続けてきたという話を裏付けるかのように、鍛え上げられてきた細く締まった肢体には、見るもたわわに実る二つの大きな膨らみ。
シーズンオフの水泳部は、ロードワークにと汗を流す。
お姉様――佐々木あずむは私の人生の全てだった。
全国水泳選手権幼児の部、今から十年程も前。
初めて彼女を会場で見付けた時、クールな面持ちからは全く予想もつかない、激しいフォームに一気に心を奪われた。
同じ大会に出場していた兄の応援を忘れてしまうほどの活躍ぶりには目を見張るものがあった。
以降、毎年毎年夏の大会には必ずといっていいほど通い詰めた。
中学まではどうしても学区外、高校の進学先は水泳で名の知れたこの高校を選ぶと思い、スポーツ特待以外の道が険しいとされるこの高校に勉学での特待を受けて合格した。
層が厚い水泳部に所属したところで、お姉様の目に留まるなんてことはないと分かっていた私は、夏はフェンスの外側から眩しい水着姿で水と戯れる姿を眺め、冬は校舎の二階から体操服姿で胸が揺さぶられる姿を眺めていた。
憧れが――恋へ。
でも、そこから先に進むことなど出来ないことは分かっていた。
だから、見てるだけ。
女の子が女の子を好きになる、その異常さを知っているから。
走り終えたお姉様に近付く男が差し出したタオルを、お姉様は笑顔で受け取り、したたる汗を拭いていた。
「あずむ、帰りマック寄ろうぜ」
「うん、いいよ」
そのタオルは最終的に私の手にたどり着く。
弟はお姉様の手を引く。
私はただそれを眺めているしかできない。
End
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