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全身全霊で恋に飛び込むには大きな障害はあるけれど…
それに限りなく近い人、1人だけいる?
視線をバッグの中に落とし、心の内で小さなため息を吐いた。
「そう言うドクターとお近づきになれないの?医者と医療秘書の恋なんて、危険な香りがしてなかなか萌えるシチュエーションじゃない!」
昔から町に下りて少女漫画を買い漁っていた妹は、自分が身を置く平凡な暮らしとはかけ離れた妄想を膨らませ、鼻も膨らませながら、パンを詰めた紙袋を持って居間に入って来た。
「何が萌えるシチュエーションだ。社長と秘書じゃあるまいし。医療事務員の存在なんてね、医者から見たらナースステーションに置いてある点滴台みたいなもんよ!」
「…は?それどう言う意味?」
「医者にとって事務員は恋愛対象外どころか、ステーションのどこに置いてあっても、更にはその姿が見えなくったって気にも留めない点滴台と一緒って事」
「ふ~ん。ナースステーションの環境が私にはよく分かんないけど…取り敢えず、頑張っていい人見つけてね。お父さんもお母さんも結婚について何も言わないけど、いつも1人で名古屋にいるお姉ちゃんのこと心配してるんだから」
妹はパンの甘い香りを漂わせる紙袋を私に差し出し、控えめな声と小さな笑顔を私の頭上に落とした。
「…分かってるよ。そんな事。分かってるけど…いくら心配されたって、自分じゃどうにも出来ない事だってあるのっ!」
妹の笑みを払い退ける様に言い捨てて、尖らせた唇を引き結んだ。
結局、今回も良い話の一つも持って帰れなかったのかって、家族一同で落胆してるわけ!?
結婚できないからって、それがなに?
この時代、30代でも結婚していない女性なんてたくさんいる。
これだから、帰って来たくなかったんだ。
澄んだ空気と汚れの無い大地に囲まれた、常に平凡と平穏が当たり前にあるこの町には―――。
「う、うん。余計な事を言ってごめん、お姉ちゃん」
瞬間的に苛立ちを見せた私を見て、妹は声を戸惑わせた。
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