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遠く、狼の遠吠えが聞こえる。
分け入っても、分け入っても同じ景色ばかりだった。
白い闇、深緑の闇、そして漆黒の闇。
霧が、木々が、そして昼なお消えぬ影の塊が、私の視界を塞いでいるのだ。
チェーンメイル(鎖帷子)と、鉄兜という武装が重くのし掛かってくる。
その武骨な鉄色を隠す、我らが騎士団の誇りである十字架の刺繍されたサーコート。ああ、それさえも霧と植物の葉に浮かぶ露のせいでじっとりと濡れていた。
足元も柔らかな腐葉土と生い茂る草によって覆われ、歩みが重い。
これが、魔女の森か……。
石畳の敷かれた都市や街道を歩き慣れた私にとって、この森はまさに魔境とも言うべき場所だった。
空を見上げれば、薄ぼんやりとした濃霧の中で老人の腕のように木々の枝が伸びている。
誘うように、掴むように。
血管のようにはびこるその枝のせいで、空は見えなかった。
植物の青臭さと、雨上がりのような湿気が、兜の隙間から私の肺へと流れ込んでくる。
その、不快さの中にわずかながら爽快さを感じた。いよいよ私もこの森に飲み込まれ、狂い始めてきたのだろうか。
この、悪魔が潜むとされる暗黒の中でそんなことを感じてしまうとは……。
悲痛な叫びのような鳥の声。
ああ、我が部隊はどこへ行ってしまったのか。
隊長は今頃、私を探してくれているだろうか。
それとも、私はとうに必要となんかされていなかったのであろうか。
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