本編

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 はるかな高みから太陽が見下ろしてくる、そんな葉月のある日の午後。影はまだ短くて、まだまだ日が落ちるのは時間がかかりそうだ。  さざ波の音が風にのって心地よいリズムを刻んでいるが、それでもこの気温をごまかすまで至っていない。  ここはA県S町の夕日海岸。きめ細やかな砂の割に海流が急だということもあり、それほど観光客の姿はない。  H大学二回生の俺は、同じ大学の友人三人とともに、海水浴に訪れていた。今は水辺で遊ぶことに飽きて、海岸線を歩いている最中だ。 「ああ~あっちーな」  そう言ったのは浅黒い肌の下と屈託のない笑みが魅力の好青年で、同じゼミに所属している新井雄太だ。水着姿はそのひきしまった体によく似合っている。野性的な容姿は女性を引き付けてやまないが、かといって男性から嫌われているというわけでもない。時々おかしなことを言いだす時もあるが、それも含めて裏表のないいいやつなのである。俺は新井のことは「恨めないやつ」という表現が一番合っているとひそかに思っていた。 「お前が言うと余計に暑苦しいので、少し黙っていてはくれませんか?」  そう理知的な返しをしたのは、フレームの細いメガネがトレードマークの岸谷道夫だ。彼とは高校以来の友人であり、性格の長所や短所はだいたい分かっている。知的な印象を相手に与えようと言い方がきつくなるが、彼自身がそこまで頭がいいかというとそうとも言い切れないのが歯がゆいところだ。彼もまた水着を着用し、その貧弱な体を衆目に晒していた。 「なんだとう。お前は暑くないってのかよ」 「小生はそんなことを一言も言っていません。ただでさえ暑いのに、それが暑苦しくなると言ったのです。ああ、ミジンコ程度の脳味噌では理解できませんでしたか」 「てめえ、表に出ろや」 「おや、ここが表ですよ」 「……」 「……」 「「ぐぬぬぬぬ……」」  なぜか額同士をこすりつけ張り合いを見せる二人。知り合った頃はもっと仲が良かったはずなのだが、最近はすっかりこの調子だ。喧嘩するほど仲がいいということわざがあるが、こと二人に関してはそれが当てはまっていないんじゃないかと心配になることがある。  かと言って仲裁をする勇気が俺にはないので、苦笑いをしながら見守ることしかできない。
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