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辺りは相変わらず暗闇に包まれていて、手の中にあるちっぽけなものが唯一光源として機能していた。洞窟の壁も、道を示す輪郭としてしか認識できない。よほど光を当ててみなければ、視界はストロボを炊きすぎた写真のネガのように黒く、また色合いに乏しいかった。
それだけでも俺の心象をを悪くするには十分であるにも関わらず、それに輪をかけ同行者の態度がストレスを与えてくる。
「……なあ岸谷。いい加減それをやめてくれよ」
「え、ああ。それってなんですか?」
「その独り言だよ。俺の話も聞いてるんだかどうかわからないし、正直に言ってうっとうしいぞ」
これまで虚ろな声色でうわ言のようなものを繰り返してきた岸谷だったが、今回ばかりはいつものようにはっきりとした返事が返ってくる。
「そうか……小生はうっとうしいですか。ふふ、ふはは」
突然高笑いを始められ、思わず身を固くしてしまう。
「ど、どうした?」
「いやあ、なんだか吹っ切れたんです。なんというか、はい。自分のことがようやくわかったというんでしょうか」
ますますわけが分からないが、少なくとも酷くふさぎ込むということはなさそうだ。これはこれでうっとうしいが、それを口に出すのはさすがにはばかられる。
そんな俺のことには一切頓着せず、岸谷は饒舌に語りだす。
「聞いてくださいよ。……いいえ、これも独り言だと思ってください。
あるところに愚かな男がいました。
恋というものを知らず、そんなものは必要ないと信じていた本当に愚かな男が。
彼は幼い頃にいじめを受け、それから自分を守るために強固な妄想で自分を塗り固めていきます。勉強ができて、同学年のくだらない遊びには興味がなく、孤高を貫ける強い仮面に仕立て上げ、それを被って中身を守る。
そうして小学校、中学校、高校を経て……とうとう大学へと進みます。
『勉強ができる自分』は妄想に過ぎず、ようやく合格したのは理想とかけ離れた大学でした。彼はショックを受けて、それでも自分を誤魔化してようやく大学に通います。
そうした彼の仮面に亀裂を入れたのは、一人の女性でした。
彼女は誰に対しても優しくて、仮面を守ることしかできない彼にも屈託のない笑みを浮かべてくれました」
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