第一章 【迷夢】

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 言いながら老婦は辺りをきょろりと見渡してはみるが、汰一の言うとおり、先ほどまでいた連れの少年の姿はどこにも見当たらない。  汰一の真剣な眼差しからも冗談やからかいの類で言っているのではないことは承知している。だが、孫以上に歳の離れた少年がこんなにも必死になって老婆の相手をしようとするその意図が全く読めない。だからこそ、老婦は中々素直に頷けなかった。  渋々、といった形で了承を伝えれば、下げた時と同じように勢いよく頭を上げて心から喜んでいるのだとわかる笑みを見せてきた。  ありがとう、嬉しいです! と何度も繰り返しながら。  こんな風に人に感謝されるのは一体いつぶりだろうか……笑うと年齢よりもずっと幼く見える汰一を眺め、老婦はぼんやりと思った。  2月程前に他界した伴侶はそういう事を言う人間ではなかったし、一緒に暮らしている息子夫婦や孫とも会話は減っていた。昔はわけ隔てなく会話が弾んでいたというのに。  今では、毎日会話をするのは近所の園芸仲間くらいしかいなくなってしまった。 .
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